本記事は、2023年8月9日に西新宿のBAR FIVE Arrowsで開催されたロイヤル・センテナリオ(Ron Centenario)セミナーのレポートである。
ミゲル・セケイラ(Miguel Sequeira)氏
コスタリカの「バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれたロイヤル・センテナリオのグローバルブランドアンバサダーであるミゲル・セケイラ(Miguel Sequeira)氏を迎えたセミナーのあと、ゲストバーテンディングも開催された。
セケイラ氏は、2019年の「コスタリカ・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」の受賞だけでなく、2022年から始まったラム酒業界のベスト・オブ・ベストを表彰するコンペティション『The Ultimate Awards』において、2023年のBest Rum Ambassadorにも選ばれている。
【コスタリカ】
コスタリカという国名は知っているが、どこにあるか正確な場所が浮かばない方も多いのではないだろうか。北米と南米を繋ぐ中央アメリカに位置する国で、北はニカラグア、南はパナマと接しており、東にはカリブ海が、西には太平洋がある。サイズは日本の約1/7にあたる51,100平方km(九州と四国を合わせた面積ぐらい※ノート1)だ。
少し本題とは逸れるが、コスタリカの歴史について少し触れておきたい。コスタリカの近代化の裏には、コーヒーとバナナ、そしてそれを支えた鉄道建設がある。
コロンブスによる発見の後、スペインからの入植が始まるが、期待していた金の採掘はなく、また厳しい気候や地形、好戦的な先住民との争いもあり中々スペインからの移住は進まなかった。18世紀に入ると、ブルボン改革により輸出のためのタバコ栽培がサンホセ地域で拡大し、中央盆地の都市建設が活発化する。19世紀にはコーヒーのブームが到来する。
コーヒーの栽培は中央盆地の気候に適しており、スペインからの独立も相俟って、国土開発のために様々な恩恵が与えられた。中でもコーヒーの栽培は無償で土地が譲渡されるといった条件もあり、大きく拡大することとなった。他のラテンアメリカで見られるような大規模所有がコスタリカでは見られなかった理由は、過酷な開拓環境があったからかも知れない。
こうしたコーヒーブームの中、輸送が課題となり鉄道建設が行われるようになる。その建設で大きな役割を果たしたのがアメリカ人のマイナー・キースだ。彼は鉄道建設の負債を補うためにバナナの栽培を開始した。当時、アメリカでの需要が花開いた時代でもあり、コスタリカだけでなく隣国までプランテーションが広げられた。1899年にはカリブ海域のバナナをアメリカに輸入していたボストン・フルーツ・カンパニーと合弁し、ユナイテッド・フルーツを設立。バナナ帝国と呼ばれるような一大帝国を築き上げた。今は、チキータ・ブランズとして知られている。(その後の歴史含め興味のある方は、国本伊代 編『コスタリカを知るための60章 第2版』を参照頂きたい。)
ワインも同様であるが、鉄道による市場の拡大というのはこの時代によく見られる現象だ。例えば、アルゼンチンでも1885年にメンドーサとブエノス・アイレス間の鉄道開通により市場が拡大したり、人の移動があったと言われている。コスタリカでは、コーヒーの拡大とともに鉄道建設が行われ、その鉄道建設の費用にバナナ栽培が当てられた形となる。どちらも近代コスタリカの礎となった産業だ。
また、コスタリカは軍隊を廃止した国としても知られている。経済不振や内政不安といったことに第二次世界大戦の影響が重なり、1948年の大統領選挙の結果を引き金に武装蜂起による内戦が勃発した。6週間の戦闘を経て、翌1949年の憲法では、第12条として常備軍としての国軍廃止を規定するに至った。
こうした背景を反映してか、コスタリカを象徴する言葉として「Pura Vida(Pure Life)」というものがある。この言葉は、感謝や挨拶、感動の表現と言った生活の中で多用されるだけでなく、スタイルとしてもコスタリカの生き方を反映している。極端ではなく、中道・中庸な純粋で素朴な精神が今のコスタリカの根底には流れている。
【Aged by Nature】
Aged by Nature
さて、少しづつ本題へ戻って行こう。ジュラシック・パークのモデルとも言われるココ島に代表されるように、コスタリカは自然も豊かで、約50万種が生息しているらしく、地球上で推定されている種の約5%を占めるようだ(※ノート2)。『Aged by Nature』というフレーズが示すように、ロイヤル・センテナリオはそうした豊かな自然環境の中で熟成される。
コスタリカでラムの生産を行っているのはセンテナリオ社だけなのだが、蒸溜に関しては少し複雑な事情がある。コスタリカの蒸溜は国による管理の下で行われている。1850年に当時の大統領によりアルコール飲料の製造を国の独占事業として集中管理することが決められた。1853年にサトウキビ産業の振興と、国家収益や公衆衛生の観点から、不純物や有毒物質を含む悪質な酒類が法律の外で販売されないように国立の酒類工場(Fábrica Nacional de Licores (FANAL))が設立され、今でも蒸溜に関しては厳しく管理されている。国営ということもあり、コロナ禍中は消毒液の生産を大学と連携して行うなどしていたようだ。
こうした背景があり、蒸溜は政府管理の下で行われ、熟成を自分たちで行うという少し特殊な構造になっている。とは言え、蒸溜を含む細かな製品の設計についてはセンテナリオ社側で行うことができる。マスターブレンダーのスサーナ・マシス氏は31年にも渡りセンテナリオ社で勤務しており、品質管理も彼女が担当している。
原料は主に廃糖蜜だが、少しだけサトウキビも用いられている。100時間以上の発酵期間を経て、重めのスピリッツをつくるのにはポットスチルを用い、軽めのスピリッツをつくるのにはコラムスチルを用いて蒸溜を行うことで原酒のバリエーションを増やしている。ポットスチルでの蒸溜はアルコール度数80%で、クリーンでライトに仕上げるコラムスチルでの蒸溜は96%で仕上げられる。
コスタリカでラムが生産されるのは近隣諸国を鑑みても理解がし易いが、近隣諸国との違いは何だろうか。恐らく、読者の方々もそこが知りたいのではないだろうか。その答えは樽熟成にある。なんと、熟成工程の全てにおいてウイスキー樽が用いられるのだ。実はこれにはエピソードがある。
センテナリオ社の始まりは1969年にまで遡るが、1979年の時点ではウォッカの製造が行われていた。またその頃、コスタリカにおけるシーグラムのウイスキー販売を委託されていた。当時スコットランドでのシーグラムの製造キャパシティに余剰がなくなり、シーグラムは議会に相談をして海外でのボトリングを行えるように働きかけた。結果コスタリカが選ばれ、ボトリングがなされるようになったそうだ。
そうした事情があり、1979年から1981年はスコッチ・ウイスキーのボトリングを行っており、スコットランド中の各地域のウイスキー樽が手元にあった。1981年にボトリングを終える際に回収されない樽の利用方法が問題となったが、ラムの製造(熟成)に用いることになったのが始まりだ。世界中の中でも、スコッチ・ウイスキーの樽を使用して熟成させる蒸溜所は他になく、ロイヤル・センテナリオの個性となっている。
熟成環境に関しては、この章の冒頭でも触れたが『Aged by Nature』というフレーズが示すように豊かな自然環境の中で熟成される。赤道にもほど近い環境下であるため、逆浸透膜法によって脱ミネラル化した水で加水し、約55~60%のアルコール度数で樽詰めされる。使用される樽は、ハイランド、スペイサイド、アイラ、ローランドとスコッチ・ウイスキーの代表的な産地のものであり、それぞれの地域によって原酒に現れる特徴が異なる。樽に詰められた原酒は、湿度94%、2つの川と33種類もの鳥類が生息する豊かな森に囲まれて長い時を過ごす。
こうしたプロセスで生産されるロイヤル・センテナリオは1985年にラムの販売を開始し、当時3年半ほどの熟成をさせた「アネホ・エスペシアル(現在は製造していない)」がローンチされた。1994年には、約9年熟成をさせた「コメモラティヴォ」が発売され、今日の9年に引継がれている。2004年からは、年数表記をしたものの販売を開始し、2007年から輸出を始め、2011年で初めの熟成から30年の月日が経ったのを記念し30周年記念のものが販売された。
日本以外の地域では「ロン・センテナリオ」として知られているが、日本では商標の関係からその名を使用することができず、「ロイヤル・センテナリオ」の名で販売がされている。簡単にだが、それぞれの味わいを紹介したい。
【味わい】
ロイヤル・センテナリオには、年数表記のもの(9年と12年)、周年のもの(20と30)、そしてコーヒーリキュールがある。周年ものは、連続式熟成(いわゆる「ソレラ」システムによる熟成)がなされている。
ロイヤル・センテナリオ9年 コンメモラティヴォ
色合いはゴールド。香りには、砂糖やバニラ、少し焦げたようなニュアンス、樽、バタースコッチ、トフィーを感じる。加水するとバナナのような感じが出てきて、バナナパウンドケーキを想わせるニュアンスがある。味わいは辛口で、口に含むとほのかにエステル様の香りを感じる。香りよりもアルコールの若さを感じ、粘性も香りよりも低い印象で全体としてドライさを感じさせる。スピリッツ自体がクリーンであり、樽の香りとラムらしい甘さが広がる。
ロイヤル・センテナリオ12年 グレンレガド
色合いはゴールド。香りには、9年よりもより砂糖感を強く感じ、蜜やシロップ、フルーツポンチやパンケーキのようなニュアンスを感じる。味わいは辛口で柔らかく、濃厚さとテクスチャーのバランスが良い。香りと同じようなフレーバーをしっかりと感じることができる。フィニッシュにより黒糖感を感じる。やや木からの酸味を感じる。
ロイヤル・センテナリオ20 システマソレラ フンダシオン
色合いはペールアンバー。12年と方向性は同じだが、より黒糖や木のニュアンスを感じさせてくれる。味わいはミディアム~フルボディの辛口で、今までにはなかったモカやオレンジのようなニュアンスに加えて、熟成からくる奥深さが感じられる。べたつきのある甘さがなくクリーンさを感じ、どことなくラムとコニャックの中間的な味わいを想わせる。中盤以降にフローラルなニュアンスが出てくる。
ロイヤル・センテナリオ30 システマソレラ エディシオン・リミターダ
色合いはペールアンバー。より酸やエステル、樽の印象が出ており、わずかに香木やお香のような香りを感じる。べっ甲や琥珀といった透明感と年数による厚みが感じられ、口当たりの柔らかさがある。ロイヤル・センテナリオ20よりも甘さと粘性を感じる。ラムだけでなく、他のスピリッツのようにも感じさせてくれるのは、スコッチ・ウイスキー樽のなせる業なのかもしれない。
ロイヤル・センテナリオ カフェ
コールドドリップのように、雑味の無い香り、ほのかに麦茶やほうじ茶といった炒ったようなお茶のニュアンス、パンの焦げた部分のようなニュアンスがある。甘口で、香りに感じるようなフレーバーとチョコレートのようなコクがあり、ほんのりとラムの香りが後から感じられる。
全体の試飲を終えてロイヤル・センテナリオのラムに感じたのは、円熟した味わいの中に感じる中庸さだ。凡庸という意味ではない。スピリッツの個性や樽の影響が突出して出ておらず、過不足がなく調和がとれている様を指している。ひょっとすると、そこには「Pura Vida」の精神が反映されているのかもしれない。無理をしない程よさ、あるがままの自然体、天衣無縫の味わいが魅力だと感じられる。無理をしない生き方ではないが、ロイヤル・センテナリオを通じて、自分にとっての「Pura Vida」を問い直してみるのも良いかもしれない。
【ゲストバーテンディング】
セミナーの後は、ミゲル・セケイラ氏のゲストバーテンディングが行われた。提供されたカクテルは、用いるロイヤル・センテナリオの個性を見極めた4種類だ。
『Daiquiri Knees』は9年をベースにして、自家製のハニー&レモングラスシロップとライムジュースで仕上げた爽やかな一杯。『Centenario Mai Tai』はロイヤル・センテナリオ20を贅沢に使用したトロピカルスタイルのカクテルで、『Smoked Rum Fashioned』は12年にスモークしたコスタリカ産のコーヒー豆の香りを纏わせた一杯だ。最後に『Espresso Centini』は、リキュールであるロイヤル・センテナリオ カフェを用いた一杯で、ラムとコーヒーというコスタリカならではの味わいが楽しめる。
地球の反対側に近いコスタリカは、日本からは中々赴く機会が少ない国かも知れない。しかし、その国の根底に流れる精神のようなものは、ロイヤル・センテナリオを通じて感じることができるかもしれない。時代の流れに身を置き、自身の人生を見つめ直す傍らに相応しいラムのような気がした。
【ノート】
1) 日本の国土面積は37万8000平方km、九州が約3万7000平方kmで四国が約1万8000平方km
2) Royal Botanic Gardens, Kewの記事「Costa Rica: Paradise on Earth」(16 FEBRUARY 2022)より https://www.kew.org/read-and-watch/costa-rica-biodiversity (最終アクセス2023年8月28日)
【参考文献】
国本伊代 編(2016)『コスタリカを知るための60章 第2版』明石書店
Goldstein, E.(2014)『Wines of South America』University of California Press
Archivo Nacional de Costa Rica, CR-AN-AH-FANAL- 000001-000138
https://www.archivonacional.go.cr/web/fondos/isadg_fabrica_licores.docx (最終アクセス2023年8月28日)
Fábrica Nacional de Licores, HISTORIA “MÁS DE 170 AÑOS DE PRODUCIR CALIDAD”
https://fanal.co.cr/historia/ (最終アクセス2023年8月28日)
Neal, K. (2020). La Fábrica Nacional de Licores y la UCR se dan la mano para optimizar la producción de alcohol.
https://www.ucr.ac.cr/noticias/2020/04/24/la-fabrica-nacional-de-licores-y-la-ucr-se-dan-la-mano-para-optimizar-la-produccion-de-alcohol.html (最終アクセス2023年8月28日)
Les Guides du Poseidon(2023)『International du Rhum 2023(電子書籍版)』
担当:小川