非日常での気付きを日常に取り入れる
例えば、お皿にブロッコリーが一つぽつんと置かれているだけの料理。すごく質素ですが食べてみたらものすごく美味しい。たったそれだけですが、「なんで美味しいのだろう」と、ちょっと立ち止まって考えてみることがすごく大切なんです。無農薬野菜なのかもしれないし、こういう環境で食べるから美味しさを引き立たせているのかもしれないとか。自然の中では舌以外のいろんなところで美味しさを感じることができると思うんです。でも、そういう気付きは、視点を変えるだけで自分たちの日常でも得られるんです。私たちがここで大切に思っていることは、この土地で“非日常”を感じてもらうことでたくさんのことを考えてもらう。そしてそれを日常に落とし込んでもらうことなんです。自分たちの生活の中にも、そういう楽しみだったりとか、何かを考えるきっかけを作るというのが私たちの役目だと思っています。
---野村社長は、住民票はこちらに移したと聞きました。
はい、移しました。十勝の自然に魅せられ、本当の豊かさはこちらにあると実感したからです。日が昇ったら外に出て、畑の作業をし、人に会って言葉を交わす。都会での生活は、どうしてもPC 相手になりがちで、気が付いたら夜になっていて。それでお金をもらって美味しいもの食べて・・・。ただなんとなく生きてるだけ、豊かさなんて実感できなかったんですね。こっちのほうがよっぽど生きている実感がある。家族にも早くこっちに来てほしいですし、子どももこちらの環境で育てたいです。
静寂に包まれる雪景色と街灯のない暗闇で見る満天の星空
---今の課題はなんでしょうか。
リピーターを増やすことです。現在は、15 組に一組くらいのお客さまがリピーターとして戻ってきてくださっています。数としてはまだまだです。私たちが推奨しているのは、「夏に来ていただいたら、冬にも来ていただく」ことです。やっぱり十勝の冬を一番見てもらいたい。氷点下20°C 以下の極寒の世界。ここは日本じゃないのではないかなと思える景色が見られるところなんです。街灯がほとんどないところで見上げる星空。無音の雪景色のなかで感じる静寂など、ここでしかできない体験をしていただきたい。
ここにある建物のテーマは「寒冷地での持続可能な暮らし」です。この厳しい寒さをいかに快適に過ごせるかということです。暖房を入れれば、快適に過ごせると思うのですが、それが人間にとっての本当の快適化かどうかというのは、しっかり考えなければならないことです。「バーンハウス」(馬と人間の新しい共生の形を提示した「納屋の家」というコンセプトの客室)が、わかりやすいと思います。日差しで得られる暖かさ、馬の堆肥を暖房に利用したり。エネルギー消費しないで部屋を暖めるという考え方もあると思うんです。ほかにも人が馬と触れ合っていると心が満たされるじゃないですか。そういう温かさなど、数値で表せない感情的な温かさなどもこのホテルで伝えたいところです。
---肌で感じる暖かさ“heat”と、人の心の温かさ“warm”っていう分け方なんですね。北海道は温かいですね。
そうですね。ここでは後者の温かさを大切にしたくて。機械的な暖かさってどこでも作れるじゃないですか。でも人の温かみって簡単には作れるものじゃなくて。こちらの農家さんにはものすごく優しくて親切な方がいっぱいいるんですよ。「大根つかってくれよ!」とか気軽に話しかけてきてくださいます。このような自然な人間味を特に冬場に感じてもらえたらうれしいです。
隈 研吾氏がアイヌの伝統民家チセをモチーフにして設計した実験住宅「メーム」、外気温マイナス10℃以下でも暖かい