引き算の世界観
これまでのホテルの在り方 ――資源をふんだんに使い、大量のごみを出す運営スタイル、自分たちさえ儲かればそれでいいという経営スタイル ―― に問いを投げた解の一つのカタチがこの「ウェルビーイング」だと思っています。ぐっすり眠って、野菜中心の美味しい料理を食べて、スパに入って疲れを癒してお帰りいただく。そうした原点に立ち返り、不要なものを取り除いていったのです。
私は京都が長かったのですが、その影響でしょうか「究極にそぎ落としたところに美がある」と感じているところがあります。それが「引き算の美学」です。足し算しすぎて華美になり過ぎたら何がいいのか分からなくなります。
食事も、ホテルですから本来ならば高級食材を使って美味しいものを提供するのが一般的なのでしょうが、本来「食」というのは、「人」に「良」と書く通り、食事を極めるならば身体に良いものであるべきなのです。ここではそこにこだわって、野菜や発酵食品を中心にして、炭水化物や脂肪、塩分を控えています。
---ほかにも、通常のホテルにあるものでここにないものが多そうです。
はい、まずは「サービス料」。サービスするのは当たり前ですからいただきません。シャンデリアのような豪華絢爛な装飾やアートワークなども極限まで省いています。歯ブラシもありません。ペットボトルなどのプラスチック素材のものも置かないようにしています。ブラシなどのアメニティも置かない。ミニバーもないです。冷蔵庫に入っているのはポットに入った富士山麓の天然水で超軟水の本当に美味しい水のみです。
また、運営面においても宿泊部と料飲部を設けず、オペレーション部としています。現状は担当を分けていますが、ゆくゆくはマルチタスクでみなが両方できるようにしていきたいと思っています。それは、彼らのキャリアが偏らないようにしてあげたいという意図があります。宿泊の仕事も料飲の仕事も経験させたいのです。
右脳と左脳、ロマンとソロバン
---至る所にこだわりを感じる高品質高品位ホテルですので、すぐに利益を出していく経営戦略ではなさそうです。
私は、最初の五年間は、右脳偏重でいいと思っています。ロマンが先、ソロバンは後です。先に利益を追求するスタンスであったら、こんな難しいホテルはやっていないですね。今利益を追求しても、5 年先10 年先には間違いなく落ちていきます。先々の利益をどう伸ばすか、右肩上がりのカーブをどう描くかが経営者の役割です。
とにかく顧客を創ることです。顧客が進化すると「お得意様」になります。お得意様というのは、そのホテルばかりを利用くださるお客さまのことです。お得意様が進化すると「ご贔屓客」になります。ご贔屓客になると、今度は勝手に新しいお客さまを連れて来てくれる。ホテルがこんなご贔屓様で満たされるようになれば、間違いなく経営は安定するのです。こうしたお客さまを創る努力を最初の3 年ないし5 年でやることです。
ここで重要なのは、全てのお客さまに選ばれるホテルを目指すのではなく、我々のコンセプトに共感してもらえないなら敢えてお越しいただかなくとも致し方ないと割り切ることです。誰でもウェルカムとやってしまうと、お得意様やご贔屓様の不満足につながるのです。引き算の究極は、「我々のコンセプトに共感してもらえない方」かもしれませんね。
---最後に、次代のホテル業界人へのメッセージをお願いします。
30 代で総支配人になってもらいたい、1000 万ホテリエになってもらいたいです。これは企業側、業界側の問題だと思っています。「自分の背中を見て仕事を盗め」などという上司ばかりで、50 代にならないと総支配人になれないなんていうのは時代遅れです。自分が30 年かかって得たことを5 年で教えるのです。
この仕事で最も大切なことは「ヒトを使う術」です。ハードでもなく、ソフトでもなく、ヒューマンウェアが最も大切。「マン」と「エイジ」と「メンタリティ」で、マネジメントです。人を、年齢が上であっても下であって、精神的に良好な時も弱っているときも適切に管理するのがマネジメントの本質です。そんなホテルビジネスの要諦を理解し、1000 万プレイヤーが量産される業界になってもらいたい。体を動かすのではなく、頭を使って稼ぐ業界になってもらいたい。それを後続者に教えるのは、今のマネジャーたちに責任があると思っています。
ホテルという建築物は、資本力と優れた建築家がいればすごいものができる。でもそれは、「魂のない仏像」と同じです。魂を入れるのはホテリエの仕事です。建物に息吹が入って初めてホテルといえるのです。
自分が覚えてきたことをこのホテルに集まった人たちに、建物に魂を入れ、息吹を感じるホテルをどう創るかしっかり伝えていきたい。私の下に来て下さった若い人たちに、「坂本と仕事して良かった」と思ってもらえるように、今はとにかく教科書では教えられないこと(阿吽の呼吸といった感覚・センスも含めて)を、現場で教えていきたいですね。