現在、世界でも圧倒的1位の契約者数を誇る「NETFLIX」。オリジナルドラマのクオリティが高いことでも評価が高い。観光業界につながる日本作品のグローバルヒットがもっと生まれて欲しいものだ
本稿では企業とエンタメの取り組みや動画サイトと観光業界のかかわりについて前回に続き、“ の時代” に伴う時代やエンタメ傾向の変化について取り上げる。
レストランプロデュースやアートディレクションで国内はもとより、海外でも実績のある「SWEET SIXTEEN」CEO 兼キュレーターのかんばら氏は自らのInstagram でもコンテンポラリーアートを紹介している。インスタ経由でビジネスが生まれることもあり、これもSNS 時代の新たなビジネスモデルだ
「UNIQLO TOKYO」と共にユニクロの旗艦店として世界にむけた展開をしている「ユニクロ 銀座店」ではワンフロアを「ユニクロUT」で展開している
ユニクロが“最旬アーティスト”とみなす
YOASOBI とのコラボに見る価値観の変化
本6 月、「ユニクロ」から興味深いプレスリリースが発信された。さまざまなアーティストとのコラボを行なってきているグラフィックTシャツブランド「ユニクロ UT」がYOASOBI の楽曲イメージをデザインしたTシャツを発売するというのだ。今回登用されたのはキービジュアルを担当する古塔つみ氏の作品と“夜に駆ける” “群青”に加え、デジタルネイティブ世代のニーズに特化したスマホとして発売された「ahamo」のCM ソングとして起用された“三原色”のアニメーションを担当する藍にいな氏の作品だ。
「ユニクロ UT」は過去にアニメや漫画作品のキャラクターとのコラボを数多く行なってきている。が、“ディズニー”や“スヌーピー”といった世界的に認知の高い作品のキャラクター、もしくは“鬼滅の刃”“ポケットモンスター”“呪術廻戦”といった世界的人気を誇る漫画作品とのコラボだ。藍にいな氏はYOASOBI の他、米津玄師や最近では全米№ 1 を獲得したオリヴィア・ロドリゴの作品に起用されるなど今や時代の寵児として活躍している漫画家だが、注目されたのはYOASOBIの“夜に駆ける”のMV に起用されたことだ。古塔つみ氏に至っては売れっ子となった今もDM で仕事の依頼ができる距離にあるイラストレーターだ。こんな二人がなぜディズニーやキース・ヘリングらと並び「ユニクロUT」のコラボ相手として採用されたのか? それはユニクロがYOASOBI を“時代を象徴する最旬アーティスト”として評価したからだ。
ではYOASOBI の何が時代を象徴する存在なのか? まずは再生回数5 億回を超える“夜に駆ける”だ。同作はayase 氏が自室であるワンルームで、パソコン1 台で作り出した作品だ。加えて、ヴォーカルであるikura が歌うことを想定し作り上げたといわれている。しかし、その時点でikura はYouTube にカバー曲を投稿するアコースティックセッションユニット“ぷらそにか”の一員として幾多りらの名前で活動する無名アーティストでしかなく、さらに彼らの間に面識がなかった。ayase は彼女が投稿した動画でのみ彼女を知る状況だったという。
このような接点から成功したユニットというのは、昭和的な価値観ではなかなか生まれない成功事例なのではないだろうか? さらに言えば、コンピューター上で感性のみで作ったオリジナルの“夜に駆ける”は当初、人間がアナログでコードを押さえられないメロディもあったといい、アナログで曲作りをしていた時代には生まれなかった作品だといえる。その後、「YouTube」に作品が発表されてからの快進撃はいわずもがなだが、これもSNS による自己発信が安易に行なえる時代だからこそ生まれた産物だといえ、この感覚や価値観はいまやエンタメヒットコンテンツ誕生のデフォルトになったともいえる手法だといえるが、デジタル時代だからこそ生まれた潮流だといえる。
「すきやばし次郎」よりも「NETFLIX」の
プライオリティが高くなる時代⁈
コロナ以前、インバウンドの増加が右肩上がりだった時代に都内の高級ホテルを評価する上で面白い指標があったのをご存じだろうか? 何かというと「すきやばし次郎」の予約枠をどれだけ保有しているかがそのホテルのコンシェルジュサービスのクオリティを示すというエグゼクティブインバウンドマーケットバリューがあり、それにより滞在先として選択されという流れがあったのだ。
「すきやばし次郎」は毎月1 日にしか予約を取らない。「鮨 さいとう」や「よしたけ」、「鮨 かねさか」など次郎同様に人気の星付き寿司店は都内に多くあるが、映画「次郎は鮨の夢を見る」の影響もあり、「すきやばし次郎」にグルメの枠を超えて魅了されているファンは多く、インバウンド市場における同店への憧憬はとても強いものがある。それに加え、オバマアメリカ第44 代大統領の訪問など、メディアにおける露出の多さから国内における人気や知名度も他を超越するものがあり、当然電話はどれだけかけてもつながらず、つながったころには当月の予約は満席というのがお約束であった。
それであれば、筆者も実際に覚えがあるのだが、都心部にいれば電話がつながるのを待つよりも店舗に赴いた方が早く、毎月1日の9 時前には店舗前に都内屈指の高級ホテルの全コンシェルジュサービスが列をなしていたといっても過言ではなかったのだ。しかし…コロナの影響もあり、また日本グルメへのインバウンドにおける関わり方の変化もあってか、レストラン予約を事前に自国ですませてくる来邦者が増えた。これはグルメツーリズムを求めて来邦する観光客ほどその傾向が高く、中には都心の外資系高級ホテルを拠点として長期滞在し、ラーメンの為に日本全国の行脚スケジュールを作って訪れるお客さまもあるという。また、とあるインバウンド利用率の高い都心の高級ホテルではディナータイムのレストラン予約におけるコンシェルジュの利用はほとんどなく、あったとしても星付きや有名店へのブッキングではなく、コンシェルジュが個人的に勧める居酒屋やラーメン店などのリコメンドが求められるという。これが何を示すかといえばコンシェルジュサービスに求められるサービス内容に変化があると共に、滞在先を選択する際の魅力として星付き寿司店の予約枠が必ずしも功を奏さなくなってきているということである。
またコロナ禍で活用率が上昇したオンライン会議ソフトの利便性により、出張や対面における会議が今後、コロナ以前に戻ることは難しいと見られている。さらにいえばIR 市場のストロングコンテンツであるMICEもコロナ前のような市場成長が見込めるかどうか不透明な状況だ。
そう考えると今後リブートが期待されるインバウンド市場がどのようなニーズで占められるのかと考えるに、ワーケーションやバケーション需要などファミリーやカップルでの中長期利用が高まることが予想され、その際、ゲストルームに「NETFLIX」や「YouTube」等のチャンネル、もしくはVOD が搭載されたモニターが設置されていることが滞在魅力、もしくは必須要素となってくるのではないだろうか? もちろんそれらの視聴が可能なモバイルを携帯しているお客さまがほとんどであることはデフォルトである。しかし客室の仕様やしつらい、サービスに大差がない場合に、プライベートタイムを左右するエンタメコンテンツの有無が利用の選択肢において小さな違いながらも大きな力を効することは予想にやすい。主たるお客さまの家族や同伴者の滞在サポートには特に役立つのではないだろうか? 実際にビジネスホテルなどではVODを導入することで顧客獲得に成功している施設も増えている。ナイトタイムエコノミーが活発でないリゾート地の施設はもちろんであるが、世界一星付きレストランを多く有する東京においても、グルメサービスよりも余白となる時間をいかに満足値高く滞在してもらうかが今後、宿泊施設の“選ばれる理由”に大きく影響していくことが予想される。
観光誘致力に見られるエンタメ動画の影響
ところで動画サイトが 光業界へ及ぼす影響といえば聖地巡礼がある。例えば先述した「NETFLIX」で配信されている番組から例をあげるとコロナ禍で世界的なヒット作となった「愛の不時着」はソウルのみならずスイスのチューリッヒや済州島も人気の聖地巡礼先となっている。「NETFLIX」オリジナルでは「梨泰院クラス」「サイコだけど大丈夫」などのロケ地も人気が高い。
今年2 月に配信が始まった「ヴィンチェンツォ」なども既にそれらに名を連ねており、これら韓国ドラマのロケ地をめぐるまとめサイトやツアー、ファンブック、バーチャルツアーも多く作られている。“ドラマ+α”に魅せられることで聖地への憧憬が増すことは、渡航可能となった際のリアル体験に結びつくことにもつながっているだろう。日本でも韓国ドラマ「IRIS」の撮影地となった秋田やタイドラマ「Stay」の舞台となった佐賀などは聖地巡礼で人気を博した。しかし「NETFLIX」ほどの影響力を鑑みても、日本ドラマの観光誘致力はまだまだ弱い。最大のヒット作が「全裸監督」と異色作品だったこともあるが、シーズン2 が作られることになった「今際の国のアリス」ですら韓国ドラマにみられるような“+α”の展開がほとんどなく、話題性の点で負けている。
これらの違いはクールコリア政策とクールジャパン政策の成果にも似たような傾向がみられ、今やエンタメの力を活用した観光誘致の成功を望むならクールコリア戦略を教科書にするべき時代になったといってもいいかもしれない。さらに言えば、中国をはじめとするアジアのエンタメ市場と観光産業のコラボレーションも急成長を見せており、アジア全般のエンタメ動向を注視し、観光事業に活用する時代が到来したといえる。ぜひとも読者のみなさまにはその点を意識していただきたい。
(取材・本誌 毛利愼 原稿 飯野耀子)
担当:毛利愼 mohri@ohtapub.co.jp