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温度で魅せるペアリング:秘蔵焼酎HITOYO×本格江戸前鮨"鮨さくら"

2023年09月05日(火)
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​本記事は、2023年9月1日〜9月30日までの期間限定で行われている秘蔵焼酎HITOYOと鮨さくらのペアリングメニューのレポートである。
 

秘蔵焼酎HITOYOは、Local Local株式会社が展開するブランドで、全国各地の焼酎蔵に眠る秘蔵酒を取り扱っている。現在、純米大吟醸を用いた酒粕焼酎「HITOYO Salm」、7年オーク樽熟成の麦焼酎「HITOYO δ Centauri」、32年オーク樽熟成の麦焼酎「HITOYO Al Kaphrah」の3種類が販売されており、ラグジュアリーホテルや料亭で取り扱われている。
 

鮨さくらは、川崎から横浜の日本大通り駅近くに移転し、伝統的な寿司の技術を大切にしながら、最高品質の食材と独自のこだわりを持った調理法でお寿司を提供している。HITOYOのブランドマネージャーを務める江本氏との旧来の仲ということもあり、今回のペアリングメニューが提供されることとなった。鮨さくら店主の栗田氏が「自分の固定概念を崩し、味覚を伝える料理との相性よりも温度帯でのペアリングをメインとしました」と語るように温度で魅せるペアリングを紹介していきたい。
 
【提供のスタイル】
実を言うと、鮨さくらへ伺う前日、「明日は燗や炭酸割で幅広くお願いしてみよう」と考えていた。ウイスキーに代表される蒸留酒は、そのまま食中酒として飲むにはいささか度数が高い。焼酎も同様であり、鮨と合わせるとなると、ネタが変わるのに同じものを合わせ続けるというのも苦しいと感じていたからだ。しかし、実際に会が始まると、そうした考えは杞憂に終わった。
 
海外に行くと日本の水割り文化について聞かれることがある。お湯割りを話すと、多くの方が興味深いと答える。海外にもホットワインなど温めたお酒はあるが、日本のように温度帯まで名前の付いた飲み方がある国は類を見ないと思う。燗して冴えるという表現があるように、温めることで表情を変えて楽しむ文化が日本にはある。いつ頃から燗を行うようになったのかは不明のようであるが、延喜式が成立した平安中期(927年)には、燗用の酒器があったことが知られている(田中, 1987)。
 
食材で合わせるとなると似たようなペアリングになってしまうことを危惧した鮨さくら店主の栗田氏は「自分の固定概念を崩し、味覚を伝える料理との相性よりも温度帯でのペアリングをメインとしました」と今回のペアリングの楽しみ方を伝えてくれた。そして、一品目に出されたのが、シンプルなかつおだしと酒粕焼酎「HITOYO Salm」の飛び切り燗だ。適度にアルコールを飛ばすことで、焼酎が持つ芳醇さと出汁の香りを合わせる組み合わせだ。
 

この組み合わせで感じたのは「トーン」だ。トーンとは温度帯だけでなく、香りの純度(クリアさ)やインテンシティも指す。「HITOYO Salm」は楯の川酒造との協業で誕生した焼酎だ。吟醸の香りとかつおの香ばしさのマッチが心地よい。シンプル×シンプルの組み合わせであるが、余分なものがない分より澄んだ印象がどちらとも強調される組み合わせであった。
 

蛸を捌く鮨さくら主人の栗田氏
蛸を捌く鮨さくら主人の栗田氏

次は蛸だ。蛸と「HITOYO Salm」の組み合わせは、少し冷ました30度ほどで合わせるのが個人的には心地よかった。正直、合わせるまでどのような感覚がもたらされるのかの想像がつかなかったが、吟醸香がより強くなり、かつ、通常の吟醸香よりよりも華やかさが増し、桃のような雰囲気が感じられた。
 

土佐酢のジュレが添えられたかんぱちには、軽くすだちを入れた「HITOYO Salm」のソーダ割りが合わせられた。ソーダ割りにした分穏やかにはなるが、中盤の焼酎の厚みと醤油に添えられたウニのクリーミーさがマッチしており、葱の苦味とアルコール感も程よいバランス感があった。
 

【何が映えるのか】
その後も、様々なネタの鮨と料理が提供されたが、印象的だったのは、米がとても美味しく感じたことだ。もちろん、栗田氏の技術によるところも大きいが、日本酒に比べてドライであることと酸やアミノ酸といった要素が異なること、そしてアルコール度数が高く、温度によって揮発性が高くなることが要因になっているように感じられた。
 
和食と國酒のペアリングを考えた際、日本酒が選択肢として挙がってくることが多いと思う。日本酒にも温度帯で楽しむ方法はあるが、焼酎と日本酒の持つ特性を押さえることで、焼酎を選択的にペアリングで用いるということが可能になるのではないだろうか。国税庁が出す「全国市販酒類調査」(国税庁)という資料がある。令和3年度調査分の第3部に調査された酒類の成分についての項目がある。具体的な数値を見比べてみたい。
 
清酒と単式蒸留焼酎の数値を見比べた際、アルコール分に関しては、清酒200点の平均値が15.31(標準偏差0.66)に対し単式蒸留焼酎46点の平均値は26.12(標準偏差2.23)と約10%のアルコール度数の差がある。酸度については、清酒1.14に対し、単式蒸留焼酎0.61と焼酎の方が半分近く少ない値となっている。共通する香気成分として、酢酸イソアミルとカプロン酸エチルの項目があり、吟醸酒44点の平均値が酢酸イソアミル1.58mg/L(標準偏差0.69)、カプロン酸エチル2.81mg/L(標準偏差2.54)に対し単式蒸留焼酎はそれぞれ4.36 mg/L(標準偏差3.24)と0.42 mg/L(標準偏差0.80)となっている。
 
酢酸イソアミルは吟醸香やエステルっぽさ(バナナのような香り)に寄与する成分で、カプロン酸エチルは果物(りんごなど)の香りがする。こうした香りは発酵中の酵母によってもたらされるが、焼酎は蒸溜という工程を経る。酢酸イソアミルの沸点は142度、カプロン酸エチルは168度、どちらも水には殆ど溶けなく、エタノールには溶けやすい。
 
こうして客観的な数値を基にしてみると、例えば酸度から考えてみるということも出来るようになる。ワインに代表される果実酒は酸度が高く、日本酒も酸度によって表情を変える。蒸留酒は低くなるが、酒類によってどのような効果があるのか、香りだけでなく他の値からも考慮してみるのも一つの手だろう。
 
実際、日本酒と比べてもドライさがあるのと、香りの乗り方が違う印象を受ける。アミノ酸など旨味といった他の成分が多層的に加わる日本酒よりも、よりシンプルに香り(フレーバー)を重ねるようなイメージがあった。実際、松茸の天ぷらや鮎のうるか、ナスや穴子といった鮨と7年オーク樽熟成の麦焼酎「HITOYO δ Centauri」や32年オーク樽熟成の麦焼酎「HITOYO Al Kaphrah」を合わせると純粋な樽感だけでなく、樽感の中にあるバニラの様な香りであったり新しいペアリングの発見がそこにはあった。
 

鮨の代名詞的なマグロ。濃さと焼酎のクリア感の対比も面白い。
鮨の代名詞的なマグロ。濃さと焼酎のクリア感の対比も面白い。
松茸を纏う衣のサクサク感と樽の甘さがシームレスに繋がる。
松茸を纏う衣のサクサク感と樽の甘さがシームレスに繋がる。
鮎のうるか。樽の香りと川魚の香りが協奏的に香る。
鮎のうるか。樽の香りと川魚の香りが協奏的に香る。
純米大吟醸を用いた酒粕焼酎「HITOYO Salm」
純米大吟醸を用いた酒粕焼酎「HITOYO Salm」
7年オーク樽熟成の麦焼酎「HITOYO δ Centauri」
7年オーク樽熟成の麦焼酎「HITOYO δ Centauri」
32年オーク樽熟成の麦焼酎「HITOYO Al Kaphrah」
32年オーク樽熟成の麦焼酎「HITOYO Al Kaphrah」

【焼酎という選択肢】
3種の焼酎と鮨とのペアリングというのも大胆であったが、一通り頂いた後で感じたのは「熟成感」をいかに活かすかということだ。この熟成感から生まれるフレーバーは、酒類だけでなく、用いる素材や調味料も含める。そして、それを際立たせるために、どのようにアルコール度数や温度を調整していくのかというのが、熟成を含む焼酎のペアリングに必要な視点だと感じた。もちろん、焼酎の原料や麹の種類などまだまだ組み合わせで広がる可能性は残されている。
 

蒸留酒は醸造酒に比べて、食中酒よりも食後酒として選ばれることが多いお酒だと思う。しかし、こと國酒のペアリングを考えた際、温度や度数の調整など提供者が手を加えることでさらに多面的な価値向上につなげることができるのではないだろうか。
 

秘蔵焼酎HITOYO×本格江戸前鮨"鮨さくら"のペアリングメニューは、硬直しつつある酒類販売の可塑性を感じさせてくれた。今後、全国にまだ眠っているであろう秘蔵酒がサービスの手によって花開いていくような関係性を夢見てみたい。


【参考文献】
田中 利雄, 酒の燗と器の変遷, 日本釀造協會雜誌, 1987, 82 巻, 3 号, p. 175-181
国税庁, 全国市販酒類調査 令和3年度調査分
米元 俊一, 本格焼酎の香味成分と美味しさ, 日本醸造協会誌, 2017, 112 巻, 2 号, p. 96-107
佐藤淳, 日本酒と本格焼酎の近代化に関する考察 -職人技と科学-, 日本大学大学院総合社会情報研究科紀要, 2019, 19, p.173-183
堤 浩子, 清酒酵母の香気生成機構, におい・かおり環境学会誌, 2015, 46 巻, 5 号, p. 346-349


担当:小川

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