賃金コストは外国人客に転嫁
太田 パンデミックの期間、リッツカールトンやシャングリラも少ない人数で回していました。月曜日を休みにするとか、テーブルを減らすとか、時短で対応していました。これから外国人客が戻ってくると、スタッフが必要になります。
キョン シンガポールではホテル業はGDPの 4%の貢献をしています。この4%を犠牲にするわけにはいきません。ホスピタリティ産業は、他のすべての産業と関係があり、なくてはならないものです。東京は太平洋を飛ぶときの重要なハブです。この立ち位置は確保しておくべきです。
また日本には特別な伝統があり、4000~5000万人 /年の観光客を引き寄せる力をもっています。ものすごい潜在力です。シンガポールの人件費は時給 20ドルです。7時間働けば 1日140ドルになり家族を養えます。このコストを宿泊料に反映して、消費者に負担していただくしかありません。ローカルのお客さまを説得するのには時間がかかりますので、外国人のお客さまが即効性のある解決策になります。部屋代を 10~15%高くする必要があり、日本では、1万円だった部屋代が1万2千円になります。
太田 それでも安いから大丈夫
キョン マクロ的に東京のホテルの部屋代が高くなりますが、これを入国させる外国人に負担させるというのは、政治的な問題です。シンガポールも日本もイギリスも、世界は前よりも民族主義的になっています。
太田 イギリスはアジア人のホスピタリティ要員を 1万人招いて、月給 4000ドル近く払っています。日本はほんとうに遅れています。月 2000ドルもない。労働力をどう確保しますか。
キョン 収入に関しては、ローカルの人々のマインドをオープンにして、ローカルビジネスに過度に依存することをやめることです。ローカルの人が毎日食べるラーメンの値段を上げるのはむずかしい。新しい顧客を求めるのです。外国人は航空券がすでに高くなっていますから、ホテル代が高くても抵抗は低いです。これは政治的な問題です。グローバル化の勢いが弱まり、ナショナリズムが興隆する。日本だけの問題ではなく、世界の多くの国がそうなっています。
一方で、外国人労働者がいなくなったら、産業がたちゆかなくなります。医療の分野で、もし外国人がいなかったら、看護婦とかどうなりますか。誰がお年寄りの面倒をみるのですか。これは面白い挑戦です。パンデミック以来、どこの国もより孤立主義的になっていますから。
再生可能エネルギーを増やし、米も半導体も自分でつくる。これはサバイバルで、より大きなビジョンが必要です。シンガポールは島国で、ホスピタリティ産業がどれくらい重要かを議論しています。
太田 外国人労働者については、日本とシンガポールは似ていますね。ただ日本人は外国人に仕事を奪われるというようには考えませんが。
1つ星ホテルと5つ星ホテルの間のニッチ
太田 日本市場をどう考えていますか。すでにいくつかのホテルを確保したようですが、どこまで深く入るつもりですか。
キョン 我々はすでに1万6千室もっていて、世界のホテルのトップ 100に入っています。希望としては 2万 5千室に増やしたいです。増加分は、主にオース
トラリア、ヨーロッパ、日本で、2025年までに日本では 1000室にするつもりです。すでに 2つの物件がありますので、だいたい目標に達しそうです。日本で強い経営能力をもつようになったら、日本のオーナーが我々の経営に参加できるようにしたいと思っています。
これは日本では新しい考えかもしれませんが、経験と機能と価格は、それぞれ結びついています。安いホテルにいけば部屋は狭く、新たな知識や経験も得られなければ,朝食もそれなりです。それに対して、リッツカールトンやシャングリラのような五つ星ホテルの部屋とそこで得られる経験は別格で、料金も高いわけです。ここにギャップがあるので、我々はその中間を狙っています。
ローカルな生活を送る経験知
太田 ここのホテルのコンセプトはどうですか。有明はどうしたいですか。
キョン 端的に言うとシンプルなビジネスホテルです。ビッグサイトやコンサートなどに行く人が泊まる純粋なビジネスホテル。それが基本で、お客さまの 70~80%です。
我々は有明を、価値に敏感なお客さまのためにも役立つものにしたいと思っています。ベッドとシャワー以上に何か価値のあるものを提供したいのです。つまり、少しのお金で、ローカルのように過ごす。お金をかけなくてもできることはいっぱいあるので、それを紹介します。
太田 公園、銭湯、焼鳥屋とかですね。
キョン 我々の存在価値は、お客さまのお金の価値を拡大することです。どこに行けばよいかを知っていると、お客さまが東京を過ごすにあたって最適な選択肢を提案できます。
太田 それは運用の挑戦ですね。お客さまが何を求めているかを知ったうえでの提案ですね。
キョン これは、一部のお客さまを主たるターゲットとしています。例えば、若いカップル、年配のカップル、家族、外国人のお客さまです。
太田 提案をみてみたいです。そういうサービスがあるとよいですね。
キョン 例えば、私は水泳をしますが東京に来ると泳げない。泳ぐところが分かりません。私が泳げるプールをホテルが紹介してくれて、泳いだ後、ゴーグルと水着を洗ってキープしてくれる。これは日本に限った話ではなく世界共通ですが、そのようなサービスがあったら個人的には嬉しいですね。
自動化の限界
太田 最近はフロントを無人化したほうが人気あるみたいですが。
キョン この20年間、ホスピタリティにもっと自動化技術を使うべきだとさまざまな実験が行われています。ところが、皮肉にも、給与計算のような熟練が必要な人気の仕事が自動化されて、単純作業の不人気な仕事は自動化できない。
太田 部屋の掃除や客室係は自動化できません。
キョン ヒトにとって優しい仕事が、機械にはできない。簡単な仕事は機械でできるけど、まだ自分でベッドメイクするベッドはないし、掃除もしません。でも、これからそういうものにも挑戦したいです。
一方で、ホスピタリティを完全に自動化したら楽しくないでしょう。そして、絶対に無くせないのは人間の結びつきです。太田さん、私はあなたのことを 40年前から存じ上げておりました。私が 30歳のころ読んでいたホテル業界誌の太田さんが、約40年たって、わざわざ私に会いに来てくれるなんて感動しました。すごいことです。
パンデミックの間も我々はシンガポールでホテルを 2つ開業しました。2つとも最上級のデラックスなホテルです。ザ・バラックス・セントーサとザ・クラン・ホテルは、値段は最高級ホテルほどではありませんが、提供されるサービスは最高級です。
街のレストランの味をホテルの部屋で
キョン レストランについては、ちょっと考えがあります。素晴らしいホテルレストランを作って、それで儲かっているホテルはほとんどありません。レストランは通りの向かいのローカルなお店で十分で、ホテルの中になくてもよいのです。大事なことは、それを部屋で食べられることです。
シンガポールのビジネス街の中心にあるザ・クラン・ホテルの周辺には、美味しい客家料理のレストランがたくさんあります。料理は、ナシレマとラクサだけです。それをルームサービスにしたら、本日のオススメを含む一番おいしい客家料理を部屋で食べられますよ。