新型コロナウィルスで旅行需要が大きく減退する日本。本稿では2週にわたり、元日本ハイアットの代表取締役であり、その後香港のアジアのハイアット本社副社長としてレベニューマネジメントを担当した阿部氏のインタビューを通じ、アジアを中心とした世界各国との取り組みのギャップや阿部氏の考える今後ホテルが取り組むべき方向性について聞いた。第1週は新型コロナウィルスに対する日本の施策と世界各国の施策との差から見えてくる課題を、第2週は今後の旅行需要回復期における外資系ブランドのポテンシャルについて聞いている。
H.A. Advisors代表 阿部 博秀氏
会食リスクを中途半端に制限し、
旅行リスクにフォーカスし過ぎたことが
旅行需要に大きなダメージを与えた
旅行業界は新型コロナウィルス拡大の影響を受け未曾有の需要減退となったわけであるが、図1からもおわかりいただけるように感染が拡大する中でもアジアや米国などの需要はビジネス需要の後押しもあって早期に限定的ではあるものの回復をした。そこで対称的だったのは感染拡大が止まらずロックダウンが行なわれたヨーロッパと、感染が欧米と比較して少ないながらも需要が戻らなかった日本だ。
2017年以降香港にあるハイアットのアジア本社で勤めていた阿部氏は、昨年の新型コロナウィルスが広がる中、香港で日本含むアジア諸国はじめ世界各国の対応や取り組みを見続けていた。そこで阿部氏は、日本の旅行への制限に対する違和感を指摘する。
「新型コロナウィルスの拡大を受け、世界各国が感染拡大のためにさまざまな取り組みを行ないました。同じアジアの中でも、新規感染の拡大を抑えることに成功をしている香港やシンガポールなどの取り組みは、会食に対する人数や時間の制限が主で、宿泊自体の制限はありませんでした。その結果、各地でステイケーションの需要が生まれました。
ところが、日本では新規感染の規模も欧米に対して桁違いに少なく、ロックダウンもないにもかかわらず稼働水準は昨年9月まで世界最低水準であった。そこには慎重な国民性と自粛というものが大きな要因であったのではないかと思います。それを打ち破ったのがGo Toキャンペーンであり、10月、11月の効果は欧米、ほかのアジア諸国のトレンドと比較すると一目瞭然です(図1)」。
図1.2020年の主要エリアの稼働率 出典:STR
「残念なのは、Go Toトラベル開始時も感染が他地域と比較して多いという理由で東京を除外しただけでなく、東京都内での旅行も制限しました。それについての評価、分析もないまま、感染拡大によって12月には全面的なGo Toキャンペーンの中止に追い込まれてしまった。Go Toトラベルによって、日本の稼働はようやく世界の平均レベルに追いついた程度で、決して高くなっているわけではありませんでした。特に平日の稼働が必要な都市部はまだまだ低いままです。私の印象としては、会食リスクよりもトラベルリスクを意識しすぎたのではないかと感じています。
また、会食に対する制限も要請という形で、実効性に乏しかったという印象もあります。
例えば私が住む(取材時)香港は、段階的ですが、外食は夕方6時までかつ最大2名までという厳しい制限が施行されました。営業時間制限に従わない店は約70万円の罰金が科され、会食の人数制限に従わない人には約7万円の罰金が科されました。実際に警察が各店を巡回し、違反が行なわれないような取り組みが行なわれていましたし、私の知り合いも罰金を払っていました。この政策にもより東京の半分強の人口を持つ香港の新規感染は1月に入り1日50件未満に抑えられています。ステイケーションは引き続き活発にもかかわらずです。
日本では現状、ソーシャルディスタンス規制への違反者への取り組みが法的にできないということは理解しています。しかしながらポイントのずれた旅行の制限が宿泊需要を大きく減退させ、一方で会食制限の甘さが感染拡大につながったのではないかと考えることもできるのではないでしょうか」(阿部氏、以下同)。
阿部氏はその対応の差がアジア地域における日本の宿泊需要回復に大きなブレーキをかけたのではないかと指摘する。Go Toトラベルも都市部への効果は残念ながら限定的であった。実際、昨年10月時点での宿泊需要の戻りに関しては、アジアエリアにおいて対前年比で最低水準であるとCBREのデータからも分かる。(図2)
図2. アジア主要エリアの稼働率とRevPAR の対前年比較。東京のRevPAR 対前年比-73.2%はアジア最低水準 となっている。 出典:STR, CBRE Research, November 2020
新型コロナウィルスの拡大は季節要因。
宿泊稼働率との関連性は薄いのではないか
また、阿部氏は北半球主要国の11月、12月の感染急拡大がアジア、ヨーロッパなどエリアに関係なく発生していること、そして各国の稼働率の推移も分析しながら、感染拡大の主要因は季節性によるもので宿泊稼働率とは相関性がないことも指摘している。南半球のオーストラリアの新規感染のピークは7、8月で、11月、12月は急速に収束している。実際、Go Toトラベルが停止されてからも感染の拡大が収まっていないことを理由に旅行と新型コロナウィルス拡大の相関性に関して疑問を投げかけるコメントは複数聞かれる。
一方、Go Toトラベルは効果があった政策であったにもかかわらず、感染の拡大とGo Toトラベルの中止によって12月以降の宿泊稼働は急降下した。雇用調整助成金特例措置の再延長が議論されているものの、12月以降落ち込んだ旅行需要によって宿泊事業者、観光関連事業者は厳しい状況に追い込まれており、事業継続が困難になる事業者の増加を指摘する声もある。
「まずは旅行や宿泊が新型コロナウィルスの感染拡大に及ぼすリスクを公平、客観的に分析し発表すること。そこで重要なのは会食、通勤、買い物など我々が通常行っている行動、活動のリスクとの対比で考えるべきです。日本の宿泊施設は一般的に感染症対策を厳しすぎるくらいきちんとやっていると聞いています。その感染症対策を徹底し、きちんと告知することで早期のGo Toトラベル再開を考えるべきだと考えます。ホテル、旅館でのレストラン、飲食の安全性をもっとPRすべきでしょう。再開にあたっては、都道府県をまたぐ感染リスクがある場合は、まずは都道府県内の宿泊から始める。ステイケーションをより促進する。昨年のGoToトラベルの課題である平日需要並びに都市部の宿泊をサポートするため、平日・休日別割引率の適用を導入するなども必要でしょう。またビジネストラベルもキャンペーンに含めるべきだと思います。
他方で、会食におけるソーシャルディスタンス管理は、確かに各国で日本以上に厳しくな行われていて、香港でもその有効性については感じています。ただ、飲食業界への影響は深刻です。私は、感染リスクの高い、人数の多いアルコールの入る会食とそうでないリスクの低い一人での外食などを分けて、知恵を絞ってリスクの高い会食にフォーカスすべきだと思います。香港では会食は2人までという厳しい規制をしいていますが、席は若干離れますがアクリル版を設けて3名とか4名での会食も実際には可能です。飛沫感染を防ぐ方法はいろいろあると思います。利用者の側にも若干の不便を我慢しながら外食をしていただくということをお願いしたいです。
ソーシャルディスタンスに法的拘束力を持たせる議論は確かにあると思います。それができなくても、日本独自に適した方法で、時間、人数、アルコールの制限で、リスクの高い状況にフォーカスし、新規感染のリスク状況に応じて、段階的にかつ迅速に対応する。いずれにしても、緊急事態制限は、我々旅行、宿泊、飲食業界に甚大な影響をもたらします。将来そういう状況にならないように業界としてどう考えるか、きちんとその意見を反映していただくことが重要だと思います」
アジア他国から推測される
国内旅行市場の先行き
仮に新型コロナウィルスに対する日本政府の施策が実際の感染拡大の防止につながらず、さらに旅行市場の回復を遅らせていたとしてもそこに事業者は手を入れることはできない。われわれは今後どのような施策を考えるべきか? 阿部氏はアジアの他国の事例をもとに旅行市場回復策について予想する。
「新型コロナウィルス関連の動きとして、現段階では感染拡大をどう抑えるかが喫緊の課題ですし、新規感染の波はこれからもあるでしょう。そういった意味で新規感染の収束とビジネスの回復を予測することは難しいです。しかしながら、あえて回復過程を予測し、状況によって改訂し、柔軟に対策を打っていくことが必要だと思います。今年2021年はワクチン普及のステージ、後半からは感染管理、収束に伴う旅行需要回復期となるとみています。インターナショナルトラベルでは、『トラベルバブル』(各国の旅行のバブル=泡が交わるという意味)と言って感染収束をしている国同士が旅行再開を始めています(今のところ中国とシンガポール、韓国など限定的ですが)。あるリサーチで日本は主要先進国の中ではワクチン普及と集団免疫が最も遅れる(2022年前半ごろ)という予測が出ていました。ワクチンの安全性について他国の状況を見てからと慎重になる理由は理解できますが、ワクチン普及、新規感染収束の遅れは、経済危機の継続、トラベルバブルに対応できないというデメリット、リスクもあります。
現在新規感染の拡大に苦しんでいる米国、イギリスですが、OTAの検索データや消費動向調査から、今秋にトラベル需要が急回復するという予測が出ています。旅行の回復は意外にも早く大規模にやってくる可能性もあるのです。
中国では昨年夏の旅行再開時にリベンジトラベル(長い自粛期間に対する反動からの大規模消費の発生)が始まり、海外旅行に行けない代替として、三亜市の高級リゾート、上海近郊の高級都市型ホテルでのステイケーションなどが好調です。米国でも同様に、旅行再開、回復時には高単価の宿泊施設が比較的順調でした。今夏、秋の旅行再開時には国内外のリベンジトラベルの需要を捉えるべきです。実際、中国本土、香港、シンガポールの友人で旅行再開にはまず日本に行きたいという人は多い。そこでの需要をトラベルバブルの遅れで他国に逃すべきではないでしょう。
一方、その前段階として期待したいのは近隣エリア居住者のステイケーション需要です。香港、シンガポールでは、海外需要がないにもかかわらず、ステイケーションで50%以上の稼働率を維持しています。家族向けにスイートを使ったパッケージ、急遽ペットフロアを作ったホテル、レストランのブッフェを部屋に持ち帰って食べるサービス、ワーケーション、短期滞在も加え、新たなサービスが次々に生まれている印象です。日本は旅行需要における国内日本人の割合が80%以上と高く、ステイケーションの需要はもっとあるはずです。ホテルレストランの安全性を組み合わせる良い機会です。その後期待されるのは国内ビジネストラベル。交通機関での感染リスクが小さいのであれば、Go Toトラベルも含め、出張需要を喚起するよう業界として働きかけていきたい。さらに中小規模の会議、宴会もあります。中国では昨年秋以降1000人を超える会議、宴会もホテルで行なわれていますし、そこでの集団感染の発生のケースも聞いたことがありません。もし発生していたら中国政府はすぐホテル宴会の全面禁止をしているでしょう。リアルとオンラインを混ぜたハイブリッドの会議、パーティーの需要もあります。
Go Toトラベルでも、また世界各国の宿泊の回復状況をみても、課題は平日需要の喚起です。そのための平日のステイケーション、ビジネストラベル、会議、トラベルバブルにきちんと対応することで、2022年にはコロナ禍以前の水準回復を業界として目指すべきでしょう」。
図3. 今後の旅行市場回復イメージ
Withコロナ時代のホテル運営策
阿部氏は当面のWithコロナ時代の短期的なホテル運営において「空中戦から地上戦へ」というキーワードを掲げる。「短期的には国内需要がメイン、その後アジア需要への拡大というイメージになるでしょう。その場合、これまでとはホテルの戦い方が変わります。例えるのであれば空中戦から地上戦へ、です。距離的、時間的、規模的にも、短いもの、小さいものから攻める。例えば自分の施設から10km範囲内のビジネス(ステイケーション、ワーケーション、少人数のお祝いの会食、ケータリングなど)から始め、その戦術を広げていく。OTA、ソーシャルメディアも大事ですが、今こそ真の営業力、マーケティング力、口コミ力が試されます。残念ながらコロナ禍で影響を受けた企業、個人が多くいる一方で、世界的な株価の上昇、好調なIT業界、一部の製造業など、個人レベルで資産の傷んでいない人も多くいます。従来使っていた海外旅行、交際資金を、国内宿泊、飲食に使っていただく。企業というよりも個人レベルの消費を当面狙っていく。レベニューマネジメントに対する考え方も変えなければなりません。
予約のリードタイムが極端に短くなっている状況で、より柔軟かつ迅速な価格変更、フレキシブルなキャンセルポリシー、自社サイトのさらなる活用、レートパリティーの見直しもあるかもしれません。一方で、Go Toキャンペーンの繁忙期の高需要に対して十分な単価が取れなかったホテルも多くあったでしょう。少ないチャンスをモノにするレベニューマネジメント、またバリューアップのオプションを作って、Go Toトラベルの再開、リベンジトラベルに備えることも必要です」。
今号では香港をベースにアジア各国を中心に世界の動きと日本を比較した日本の課題と取り組むべき事項について紹介した。次号では中長期的な視点に立ち、国際化する旅行市場における重要な施策とも言える外資系ホテルチェーンの動きや日本の外資系ホテル動向について阿部氏にお話をいただく。