日本旅館進化論
星野リゾートと挑戦者たち
山口 由美 著
光文社 発行
定価(本体1600 円+税)
発行日 2018 年6 月30 日
この書籍を3 回読んだ。1 回目は通勤途中で、2回目は自宅で、3 回目はホテルの部屋で。
おもてなしに関する書籍やリゾート・旅館の関連書籍が、ちまたにはあふれています。しかし、「おもてなし」をキーワードに旅館の歴史をひもときながら、これからの日本の観光産業の進むべき道を、これほどまでに明快につづっている書籍はほかに類をみません。
西洋型の基本的なサービススタイルが「バトラー」に象徴され、「主人」>「執事」の上下関係であるのに対し、旅館の中居さんに代表される、“ おもてなし” は、「主人」=「お客さま」が対等であるという、主客対等の考え方がこの書籍の根底にあります。主客対等を成しえているのは、もてなす側ともてなされる側の背景にある文化や教養を共有できている、という関係性です。この関係性をベースに、主人は趣向を凝らし、お客さまはそれを楽しみに宿に行くのです。
筆者は、この“ おもてなし” の精神を「日本旅館メソッド」として実現しようとしている「星野リゾート」の躍進と歴史的背景も交えながら、日本における旅館・ホテルがいかにして衰退し今後どのように進むべきかを論じ、全国の有名な旅館・ホテル経営者への綿密な取材と鋭い考察力で「日米欧比較文化論」の域まで昇華させている。まさに見事としかいいようがない。
この書籍は、全11 章から構成されている。「軽井沢の森から」(第一章)に始まり、「星のや 竹富島」と地域観光再生の旗手たち(第10 章)まで、星野リゾートの歴史やリゾート再生事業の成り立ち、競争力の源泉である「マルチタスク」や「フラットな組織」など星野リゾートの解説本としても読むことができる。「マルチタスク」は星野リゾートのお家芸と言われている。しかし星野リゾートOB として常日頃から感じていたことは、本当の意味での競争優位性はその背後にある企業文化であることはあまり知られていないように感じていた。しかし、著者である山口由美氏は、第五章で、「星野リゾートが成功した原点には、エンパワーメントの実践によるフラットな組織と人材の活用があったのだ。ここを見誤ると、星野リゾートの本質を見誤る」と喝破している。
日本ホテル・旅館業界のホスピタリティー事例という視座に立つと、「俵屋の不思議」(京都俵屋旅館)が、星野リゾートの経営戦略という観点では「星野リゾートの教科書」が好例になると思われる。また、各章ごとに、より文章を理解しやすくするために写真などを多めに採用していることにも注目したい。
最後に、「第十一章」の最後に記されたこの言葉こそが著者の本書執筆の本音であると思うので引用する。「アジアンリゾートにさしたる定義がないように、世界の人たちは日本旅館の定義なんて求めていない。ただ、何か新鮮で、斬新なコンセプトのリトリートを求めている。日本旅館、もしくは旅館的なものが、その求めているものに合致するかが、世界のホスピタリティー産業に新たな潮流を生み出せるかどうかの条件なのだと思う」