2023年9月27日(水)〜30日(土)、東京ビッグサイトにてアジア最大級のスペシャルティコーヒーイベント「SCAJ ワールド スペシャルティコーヒー カンファレンス アンド エキシビション 2023(SCAJ2023)」が開催された。延べ来場者数は7万人近い、69,201名の来場となり、前年2022年の約1.5倍、2021年の約3.5倍の来場規模となり賑わいを見せた。
優勝したChia Cheng (STANLEY) Chien氏
コーヒー生産国のブースに加え、国内の様々な企業の出展、国内外から招待される著名なバリスタやロースターが一堂に会したSCAJ2023では競技会も開催された。ワールド サイフォニスト チャンピオンシップ(WSC)では、台湾Peace and Love caféのChia Cheng (STANLEY) Chien氏が優勝、続いて「UCCコーヒーアカデミー」神戸校専任講師の中井千香子氏が2位入賞を果たした。
新型コロナウイルスの影響で延期となっていたWSCは4年越しの開催であった。日本代表としてWSC に挑戦し、2位に入賞した中井氏に今回の挑戦についていくつか質問をし、ご回答頂いた。
中井千香子氏
中井千香子氏
2013年UCCグループに入社後、店舗での経験を積み、現在はUCCコーヒーアカデミー講師ほか、製品開発など、幅広い業務に従事。 2018年には「ジャパン ブリューワーズ カップ」にて優勝を果たし、世界大会「ワールド ブリューワーズカップ2019」では第4位に入賞。2019年「ジャパン サイフォニスト チャンピオンシップ」優勝。
▶「ジャパン サイフォニスト チャンピオンシップ(JSC)2019」での優勝から、ようやく4年越しの開催となりました。コロナ禍期間中のモチベーションをどのように保っていらっしゃったのでしょうか?
中井 JSC2019から数回の延期を受け、私自身もですが、誰もが経験したことのない日々を送っていたと思います。常に大会に関するモチベーションをONにし続けるのはとても難しいです。あえてOFFモードで他の趣味を楽しんでみたり、リラックスすることにも気を遣っていました。また、私はサイフォンのチャンピオンである前に、ワールドブリューワーズカップのファイナリストでもるので、ジャッジとして他の競技会で参加したり、ボランティアに参加したり、日本や世界のコーヒー業界に参画をして、コーヒーを楽しむことに専念しました。
▶時間ができた分、練習や確認、精度の向上と準備出来た面もあるかと思います。しかし、考えるほどに悩むこともあるかと思いますが、ブレないために基軸とされていることはありますか?
中井 自分が面白いと感じること、伝えたいと思うかどうかを重要視しています。それをプレゼンテーションに落とし込むことを意識しています。たくさん練習してきたことも相手に(ジャッジ)に伝わらないと意味がないと私は考えています。それがコーヒー業界にとってどのように影響を与えるのか?時にはコーヒーのトレンド以外にも興味を持って調べてみたり、しながら進めています。そして、それが美味しいカップかどうか?コーヒーは、すぐに状態が変化します。それに気づき最後まで細かく調整することをあきらめません。
▶競技となると、限られた時間で最高のパフォーマンスを行う必要があります。日頃からどのような工夫をされているのでしょうか?
中井 競技会では、何が起こるかわからないので、もしもの時はどうするのか?ということを準備しています。普段、無駄な動きをしていないか?効率的な動きができているか等は意識します。
▶大会に挑戦することで得られたことは何でしょうか?
中井 初めて、大会に出たときは、コーヒーショップでサイフォンを抽出していました。目の前のお客さまに美味しいコーヒーを淹れるために勉強したいという想いから挑戦してみたのが社内での抽出競技大会やJSCです。それが今、世界中のコーヒーラバーにコーヒーについてシェアしたいという目標に大きく変化しました。目標が決まると自分のやるべきことが見え、また新しい自分になっていくかと思います。
▶競技を終えて、今、何を感じていらっしゃいますか?
中井 競技が終わってまずはほっとしています。私のSNSのアカウントにはメッセージに、世界中からたくさんの応援メッセージが寄せられていました。(頑張ってみなさまに返信しています!笑)本当にたくさんの方に支えられているのだと本当に感じています。心の底から私を支えてくれたコーチ、サポーター、私にエールを送ってくれた皆さんにお礼を伝えたいです。そして、競技時間の15分で伝えきれなかったことも少しずつ皆さんにシェアできればと考えています。
▶最後に、これからしていきたいこと、未来への挑戦についてお伺いさせて下さい。
中井 コーヒーは面白い!私の人生の大半はコーヒーです。そんなコーヒー業界がもっと盛り上がるようにできることがあればなんでもチャレンジしたいです。
【一歩先、一歩深くの訴求】
以下では、ブースを回って感じたことをお伝えしていきたい。会場のブースに目をやると一つ感じることがあった。大手を中心に、いわゆるSDGsの文脈の中で、単なる持続可能性だけでなく「人」にまつわる訴求がなされていることが見受けられた。
映像と体験の訴求が上手くミックスされている
例えば、キーコーヒー(株)は大型のスクリーンを擁するブースで、発売45周年を迎えた「トアルコ トラジャ」の生産に携わる現地の様相を動画で紹介していた。マーケティング・コミュニケーションという視点でも優れたものになっており、商品の背景(ストーリー)を可視化しつつ味わいを体験できるデザインがなされていた。
トラジャコーヒーは世界大戦によって一度市場から姿を消したコーヒーらしく、キーコーヒー(株)は1970年代から復活させるべく事業を手掛け始めた。農園の開発やインフラ整備、近隣の生産農家へ苗木の無償配布や栽培指導、雇用の創出など、現地での「産業」を一緒になってつくってきた歴史がある。安直なSDGsのナラティブではなく、世界観と取り組みをきちんと伝える場として体験価値の向上ができるブースであった。
コーヒー×健康という視点が秀逸
他にも、UCC上島珈琲(株)は「健康」という切り口での訴求を行っていた。これは大手ならではの視点もあり、個人的にも感心した。コーヒーはお茶同様に家庭でも広く楽しまれる嗜好品だ。高齢化や健康への意識が進む現代社会において、機能性を持たせた飲料は成長が見込まれているが、その背景には「健康・ウェルビーイング」がある。
業務用市場だと高品質や個性、希少性というところがフォーカスされがちだが、コーヒー全体の市場で鑑みた際に、一般消費者の嗜好や動向を知ることは重要であり、小売市場に流れる製品からも多くの示唆を得ることができる。普段飲むものから健康に寄与するというアプローチは、単なる消費を超えた長い顧客との付き合い方という点でも良いコミュニケーション事例だと感じた。
2025年4月には量産化が予定されている水素焙煎
また、技術力という点でもUCC上島珈琲(株)は新しい提案を行っており、焙煎時に二酸化炭素を排出しない水素焙煎による技術開発を進めている。UCCグループでは「2040年までにカーボンニュートラルの実現」を目指しており、富士工場への大型焙煎機導入に向けて取り組みを進めている。
二酸化炭素の問題は、メーカー側からすれば自社が排出するGHGプロトコルScope 1, 2に該当するが、販売先から見られた際には販売先のScope3に当たる。販売先から見たメーカーという立場でも、先進的な取り組みを行うことで新しい訴求や企業としての信頼を勝ち得ることができてくる。
【バウンダリースパナー】
多くのブースでは、著名なバリスタやロースターが実演や講演を行っていた。提供されるコーヒーも、素材そのものを訴求するものと、フレーバーを加えたもの、アレンジしたものと様々であった。競技大会を見ても、バーテンダーの大会と同じように様々なブレンドや表現が行われており、カテゴリーがより曖昧に、楽しみ方の多様化と商品自体の多様化が進み、深化だけでなく横への広がりが感じられる。
ISTA COFFEE ELEMENTSの野里史昭氏の活躍も記憶に新しいが、多様化が進む今日、専門性も一つではなく様々な領域を跨ぐ人材の活躍が進んでいる。そうした領域を架橋する人材の活躍をどのようにして双方の領域が活用していくかも一つの課題である。特に料飲系の業界では取り組みが少ないように思われる。リードユーザー同様、バウンダリースパナーの活用が今後のFB活性化の鍵を握るのではないだろうか。
野菜の展示が思わず目を惹く
人材だけでなく、対象を捉え直すということで見えてくるものもある。コーヒーは植物の種子であり、コーヒーチェリーも見方を変えると「フルーツ」のようにも思える。出展ブースの中で、(株)坂ノ途中は一風変わったものが展示されていた。野菜だ。同社はホテルにも野菜の納品を行っている企業で、「100年先もつづく、農業を。」を掲げ、自然にやさしく、環境負荷の小さい農業の普及を目指している。
国内だけでなく、海外へと目を向けた際に始まったのが「海ノ向こうコーヒー」で、山間部に暮らす人々の収入源をつくりながら森林伐採を防ぐ試みがなされている。
「おいしさ」 「環境改善への貢献」 「地域コミュニティへの配慮」の三本柱は、先程のキーコーヒー(株)に通じるものがあるが、野菜を主として取り扱う事業者が行っている点がユニークであり、これも領域の拡張という視点で捉えることができるのではないだろうか。「農業」という視点から見れば、様々な料飲商品を横断することができるため、同社の今後の活動は注目してみたいと感じる。
挽きたてが楽しめるCUZEN MATCHA
最後に、境界という点から一つ製品を紹介したい。コーヒーと同様、抹茶も「挽く」という工程を擁する。そして、どちらも挽かれたものは時間経過によって、吸湿などにより品質やハンドリングにも影響が生じる。また、透明性という視点でも「挽きたて」というのは消費者への期待度に影響を及ぼす。CUZEN MATCHAは客室にあると思わず使ってみたくなるデザインがなされていた。
酸を基調とするスペシャルティコーヒーなだけに、数年前は浅煎りも多かったが、今はバランスを取る流れがあるという話を焙煎師から伺った。またブラジルのように市場を鑑み、様々なプロセスの開発に取り組むところもある。そうしたコーヒー業界の中のトレンドはもとより、社会的な潮流、そして業界の広がりと多くのことが見えるイベントであった。
WSCで2位を飾った中井氏が語ってくれた「それがコーヒー業界にとってどのように影響を与えるのか?時にはコーヒーのトレンド以外にも興味を持って調べてみたり、しながら進めています。」という言葉に現れているように、今後より多様性のある広がりに期待したい。
担当:小川