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第299回 北村剛史  新しい視点「ホテルの価値」向上理論 〜ホテルのシステム思考〜

第299回『客層とホテル人格のホテルダイナミクス⑵』

【月刊HOTERES 2018年02月号】
2018年02月23日(金)
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【ホテル体験を誘導する認知効果】

 ホテルはハードウエア、ソフトウエア、ヒューマンウエアという3 要素が混然一体となることで独特のホテルの質感を醸し出しています。顧客が自らの消費体験からホテル3 要素を通じてボトムアップでコンセプトやメッセージを感じ取るのは容易なことではありません。ここで事前のブランド知識が、実際の体験に関する知覚や認知上の手掛かりとして働くことで、ホテル側のコンセプトやメッセージを伝えやすくします(つまりブランドイメージやメッセージが現場の3 要素を認知上束ねる役割をも担っています)。このホテル体験上の認知効果においては客層形成に与える効果も重要となります。ブランド知識で導かれるホテル全体の質感が特定の客層を感じとるよう誘い、さらに独特のホテルの質感が顧客の行動パターンや態度にも影響を与えることでホテル固有の客層認知を誘発することになります。
 
【記憶と想起に与えるブランド効果】
 滞在時では新鮮かつ鮮明なホテルのイメージも時間を経るにしたがって色あせ、鮮明であったイメージが要素の断片に分解されてしまいます。ここで感情、情動を伴うものについては重要な体験の断片として長期記憶に収納されます。記憶に与えるブランド効果では、ブランドコンセプトやメッセージがホテル体験に感情を重ねやすくする結果、体験の長期記憶化を促進するほか、ブランドと整合する記憶を、ブランド知識を手掛かりとし思い出しやすい、つまり再構築しやすくします(「想起」と言う)。
 
 もしも、現場のサービスとブランドコンセプトに齟齬があると、トップダウンメッセージとしてのブランド知識とボトムアップとしての実際の体験との間にギャップが生じてしまい、ブランドの存在が逆にストレスにもなることもあるでしょう。ブランド効果を踏まえた適切なブランドマネジメントが望まれるのです。
 
 このようにブランドは、効果に着目しますと、「事前期待」、「認知」、「記憶と想起」の三つの心理上の側面で顧客が感じとる体験価値に大きな影響を与えているのです。
 
【体験前の「体感」を予想させ、情緒的・心理的価値を誘発する体感誘発効果】
 

 マスマーケットに向けてサービス内容をアピールするのではなく、自身が情報の媒介者、つまりメディアとして機能し、ブランドが有する世界観や価値観を、戦略的に設定したターゲット顧客に対して、直接アプローチしていく手段の一つがブランディングと言えます。市場の成熟に伴い、より一層、モノ消費からコト消費に大きな情緒的価値を感じるようになった昨今、顧客は宿泊機能だけではなくそのような体験消費に価値を見出しています。上記ブランド効果だけではなく、顧客が事前の期待体験に共感するようなシーンの連想に直結させるブランディングが求められているのです。
 
 ホテルのブランド効果を踏まえた上で、ここでは具体的なブランド構築やブランドマネジメントを検討したいと思います。
 
 人の感情は「関心」、「怒り」、「不安」、「悲しみ」、「喜び」の五つの要素に分類されることが多く、それらの組み合わせにより複雑な感情が形成されると言われます。特に事前期待では、「不安」に支配されやすい状況にあり、それを超える「関心」を抱かせれば、それ自体がポジティブな感情であり情緒的価値につながります。戦略的なターゲット顧客が「関心」を抱くブランドメッセージを現場に落とし込むためのブランドコンセプトを設定し、実際の現場で再生します。例えば仮に「快活な」とするとその感情表現に合致するよう、ハードウエア、ソフトウエア、ヒューマンウエアのホテル構成要素を細部にまでこだわりを持って調整する必要があります。ブランドコンセプトに合致するホテルの質感が備わることで(「快活な」=このホテルの質感)という価値観を体感として顧客に伝えることが可能となります。つまり望ましい形で「体感」させるとともに、それを翻訳し「体験」として解釈・整理しやすくする_役割をコンセプトが適切に担っている必要があり、その意味で「ホテル側は『何』にこだわり、『何』に対して価値を見出しているのか」という「ホテル側の価値観の表明」こそが、コンセプトとして重要な要素と言えます。
 
 一方で顧客側は五感(以下「モダリティ」と言う)を通じてホテルからのメッセージを受け取ります。ホテル側は、このモダリティの時空範囲と知覚条件の差異を理解しうまく利用してホテルの質感をコントロールする必要があります。直接的にアプローチができる聴覚とインパクトの強い臭覚は望ましい形でコントロールすべきです。視覚については、特にヒューマン要素では、チェックインやチェックアウト、料飲施設利用時等に顧客との接点が限られますので、顧客の注意を引き付けるために、スタッフのオーバーリアクションも重要な質感形成に向けた戦術となり、笑顔や姿勢、振る舞いはできるだけ大きな方が良いと考えることができます。さらに、人は複数のモダリティから同時に情報を受け取っています(「マルチモダリティ」と言う)。この複数のモダリティを通じて一貫性あるメッセージが同時に伝われば、それらメッセージは互いに関係のある情報として結びつきを強めます。人はさまざまな情報について記憶に至る経路で互いに関係のある情報は意味あるストーリーとして整理しています。そのストーリーこそが、ブランドを現場で落とし込んだ成果物であり、高い満足度を感じさせるホテルの人格や客層につながっているのです。
 
 このように昨今成熟した宿泊市場においては、体験に伴う情緒的・心理的価値、つまり体験価値が非常に重要となっています。「体験」は、実際の「体感」を翻訳した結果ですので、今後一層この「体感」を誘発するブランディングを意識する必要があります。「体感」を誘発するには、顧客側が体験に対する事前準備を認知上できていることが重要となり、そのためには関連する「シーン」を連想させておく工夫が求められます。ここで実際の「シーン」は、顧客を取り巻く環境が大きな影響を与えています(環境が行動を誘う効果を「アフォーダンス」と言う)。今後一層、「ターゲット顧客」が「関心」を持って事前に期待するであろうホテル側の「価値観の表明」を伴い、かつ現場ではハードウエア、ソフトウエア、ヒューマンウエアのコーディネートによる「アフォーダンス」、つまりそれを現場でコーディネートしやすくする「コンセプト」こそが、重要な戦略ツールとなってきたと言えます。

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