㈱イネクス 代表取締役社長 川村眞兄氏
インテリア分科会は伝統美術工芸の材料と技術、およびそのデザインを調査・取材して、建築・インテリアデザインに展開する可能性を広げようとしています。今回は、台東区寿にある田代合金所を見学取材しました。田代合金所は三代にわたって新聞活字を製作してきた会社ですが、印刷技術の変化によって活字需要が縮小したことで商品転換に踏み出し、現在は装飾品、涼しい音色のホイッスルのような実用品から、建築内装や装飾で使う錫加工に取り組んでいます。
分科会は明るく整頓された工房を訪問しました。
[錫の性質と魅力]
錫は銀のような輝きを持つ古くから使われてきた白色の金属です。柔らかく、線条のものは折ったときに錫鳴きというかすかな音がするところも魅力です。
純錫は融点231.9℃と金属としては低く、沸点2600℃で大変加工しやすい金属素材です。
古くから銅に混ぜて青銅とし、鏡や青銅剣の材料として使われました。鋳造する産地によってその混合割合が異なることからどこで鋳造されたかを判断することができるとのことです。錫の特質である腐食しない、毒性がない、という物性が重宝されて、奈良時代には既に酒器に使われていたということで、昔から茶筒や急須などの内貼りや食器に利用され、今でもよく見られるものです。
錫はマレーシア・インドネシア・中国などで多く産出され、マレーシアでは錫93%、アンチモン7%、あるいは鉛を入れた合金をピューターと呼び、今ではマレーシアの代表的メーカー名のロイヤルスランゴールピューターとして知られています。スランゴールピューターの商品はクアラルンプールやシンガポールの空港でも見られるマレー半島名物の土産でもあります。
田代合金所が鋳造した錫板 コーンウオール
[錫合金]
建築やインテリア、あるいは銅像によく使われるブロンズは、青銅あるいは砲金と呼ばれ、銅95 ~ 75%に錫5 ~ 25% の合金で、古代には銅鏡や銅剣に使われたものでした。ちなみにやや黄色の合金である真鍮は銅70%、亜鉛30% で、これは知られている通りのポピュラーな合金で、建築の中に多用されています。ブリキは鋼板に錫をメッキしたもので、かつてはおもちゃの代表的な材料でもありました。ちなみにトタンは亜鉛をメッキした鋼板です。
錫合金はその特質から工芸品として、生活用品として優れたプロダクトデザインを生み出してきました。
1910 ~ 30 年ごろ、建築・インテリアデザインの中にアールデコが流行したときには錫はホテル客室や客船の室内装飾や家具アクセントにも利用され華やかさを創出しました。
そのころ、デンマークの銀細工職人ジョージ・ジェンセンは錫を使って食器・装飾品をデザインして、その後ブランドとして展開しているのはよく知られています。日本では家具デザイナーのエリック マグヌッセンが日本産業振興会のグッドデザイン賞を受賞した食器デザインシリーズが知られています。
コーンウオール壁面
[素材としての錫の可能性]
アールデコの時代を含めて、錫が建築やインテリアの造作・仕上げとして使われてきた例はそれほど多いわけでもないようです。というのは、ミューラルといわれる壁面造型には大抵の場合、錫よりも安く、加工性がいいアルミニウムが使われるからです。けれども田代合金所が取り組んでいるコーンウオールと称している壁面装飾タイルをみると、その質感・味わいはアルミニウムと違って金属の重量感の印象が少なく、独特の材質感に気が付きます。コーンウオールの錫板は、鋳造のプロセスで現れる大理石にある斑のような鋳込み模様をそのまま見せたもので、建築の空間に拮抗する素材感、ある種の冷たさが現代性に繋がっているようです。
圧延でできる実用的なサイズは350 × 450㎜位とのことで、大きな面積に使うには費用が大きなものになりますが、加工しやすい錫板にさまざまな模様をエンボスして壁装材にしたり、他の素材と組み合わせて使う方法も考えられます。
田代合金所はさまざまなニーズに対応できますが、このところ金属の価格相場が変動しやすいことが悩みだとも言っています。
金属製壁飾りが多かったキャビン1930 年ごろ
[インテリアデザインと装飾]
20 世紀中ごろ、モダニズム運動でいったん建築の装飾は否定されて、建築とアートの歴史的な結びつきは消えかかりました。1980 年代になって、かつての様式建築の良さ、建築装飾アートに目が注がれたものの、概して今では、建築そのものに彫刻や、壁画が取り込まれることは少なくなっています。
インテリア分科会は東京の国際展示場で開催された2016 国際ホテルレストラン展で「匠のこころJapanDesign」と題して日本の伝統工芸の新しい展開を呼びかけ展示しました。
「匠のこころJapan Design」