,最近では「YouTube」の再生回数が時代を示す指標がとなっている。アーティストの新曲初公開がテレビではなく、「YouTube」のアーティスト公式チャンネルで行なわれることが増えているのもその表れのひとつだ
“ 風の時代” という言葉がある。運気や占星術の専門家たちが、こぞって時代が持つ性質が“ 土の時代” から“ 風の時代” へ移行すると唱えたのが本年春だ。科学的根拠をもって証明できるものではないが、明らかな時代の変化がエンタメ人気やトレンド創生の流れに起きているのは事実だ。そこで今回はこの時代の変化について考察する。
トレンドの多くが音楽やSNSなどスマートフォンのアプリが活用されることで生まれている。スマートフォンの発明がなければ時代の様相は違ったものになっていたかもしれない
SNS発信でヒットした作品のMVにアニメ動画が使われることが増えているのも最近のトレンドだ。ちなみにアニメーターたちもその多くがSNSで作品を発信しており、時には大物アーティストからDMで直接仕事の依頼がくることもあるという
「ビルボード・ジャパン」がトレントランキングを変えた!
最近、音楽番組を見ていて大きな変化を感じる瞬間がある。週間ヒットチャートが紹介される際のソース媒体だ。トレンドソースこそ、数年前から情報番組では「Twitter」や「Yahoo!」といったネット上で検索される用語がランキングソースとして導入され始めたが、音楽番組は少し前までオリコンのCD 売り上げチャートがその主流だった。しかし“AKB 商法”と呼ばれた握手会ビジネスによるCD セールスがコロナにより下降線を見せたことに加え、「TikTok」をはじめとするSNS での楽曲発信が容易となったことが相まってトレンド創生の流れがこの1 年強で劇的に変わった。
中でも「ビルボード・ジャパン」が昨年12 月に発表した新しいランキング形式は世情を読む上でも、新たな時代の価値観を見る上でも興味深いだろう。特にYouTube の再生数のうちUGC(User GeneratedContents:ユーザーが生成したコンテンツを表す)のみの再生数を集計し、ネット上のバズを可視化したチャートの“Top User Generated Songs”やHOT 100 を構成するデータのうち、ラジオ、ダウンロード、ストリーミング、週間動画再生数を集計し、その中から急上昇中の新人アーティストを抽出したチャートの“HeatSeekers Songs”は“リアルなトレンド”を見る上でのエビデンス力あるランキングとして高い評価を得ている。
それに加え、これらランキングが音楽番組の構成に導入されるようになった背景には視聴率低迷からの脱却をはかるべく、テレビ局が視聴マーケットをF3 層から“コアターゲット”や“キー特性”といわれる13歳~アラフィフ層の視聴率向上に力を入れるようになったことにも起因しているだろう。
いずれにせよ、広告費の面から最も大きなバジェットが動くキー局のゴールデンタイム構成にこれらのランキングがソースとして使われるようになったことは、観光事業においても注視すべき市場として視野にいれるべきなのではないかと考える。加えて、これらの時代の移行をどのようにとらえるか? が企業における将来性や成長力を計る指標となるかもしれない。
たかがエンタメかもしれないが、されどエンタメの示す消費者動向はこれからの消費を司る世代の“生の声”だといえ、そこに反映される価値観をいかに魅力開発に反映できるかは観光事業者の生き残り力を大きく左右するのではないだろうか?
“仕込み”が功をなさない時代
ところで上記のランキングがなぜ力を持っているのか? についてはそこに至る経緯を今一度、検証する必要がある。最大要因としてあげられるのはなんといってもメディアの発信力の勢力図変異だ。これはインターネット登場以前、以降と明確に時代を区切ることができるといっても過言ではないだろうが、ネットによる発信力というのが新聞や雑誌といった既存のメディア発信力に加味されたことで時代が大きく変わった。加えて、情報メディアの多様化により、テレビや広告代理店、芸能事務所等によってお膳立てされたコンテンツに世間がのせられなくなったことも大きいといえる。
ひとつ事例をあげれば、安斉かれんだ。彼女は浜崎あゆみがスターダムに駆け上がるまでのデビュー秘話をドラマ化した「M」の主演として抜擢され、同時進行で歌手としてもデビューした。しかし、「avex」による大々的なプロモーションがあったにもかかわらず、まったく“バズら”なかったのである。客観的に見て安斉かれんは、時代とのマッチングが合えば、アイドルとしてブレイクするに値する十分なスペックを持った人材だといえる。しかしエンタメ嗜好のトレンドは“時代が求めるニーズ”に呼応して生まれる。
かつてであれば十分にブレイクにつながったプロモーションがヒットにつながらなかったのも、アイドルとしてバズらなかったのも彼女が悪かったわけではなく、時代が求めるヒロイン像に彼女が当てはまらなかったというだけだ。因みにこの時期リアルに“バズって”いた女性アーティストが誰かといえば、安斉かれんとは全く違う、むしろ正反対といってもいいタイプのあいみょんだ。その後の動向を見ても、安斉かれんはその後ほとんどメディアで取り上げられることもなく、知名度も広がらなかったのに比べ、あいみょんは音楽番組はもちろんのこと、CM や楽曲提供と活動の場を広げ、知名度も広い世代で広がっている。SNS 等ネットでの搭乗回数や動画再生数においては天と地との差があることはいわずもがなだ。
これら時代の変化はCMに起用されるタレントの変化からも見て取れ、嗜好の最大公約数に変化が起きていることを示している。さらにはエンタメ嗜好の変化に“コロナ禍”という乗数が掛けられることにより、例えば音楽業界について言えば、「Spotify」の“バイラルチャート”や「ビルボードジャパン」の“Top User Generated Songs”、“HeatSeekersSongs”が時勢を作ることにつながった。そして“時代”を作るセグメントの移行は観光業界の将来的な動向にも影響を与えると思われる。
現状、利用者分布においてパワーシニア層が多くを占める観光業界においては関連性や必要性を感じられない事業者もあるだろう。しかし星野リゾートが数年前から“若者旅”に注力し、ゆとり、ミレニアル、Z 世代の若者に「界」ブランドを低価格プランで提供し、“旅行の魅力”を啓蒙しているように、いずれ観光産業の主たる利用層も“旅行離れが進む”彼ら世代に移行していく。観光庁も将来的な旅行市場の維持も含め、若者への旅行推進に取り組んでいる。しかし若者の旅行離れがいまだ課題として残る現状を考えると、魅力創生の方法論に彼ら世代の価値観や思考パターンを取り入れるべき時を迎えているのでないだろうか?
エンタメコンテンツは発信サイドの仕込みでブームを作れる時代に終わりを迎えた。同様に観光コンテンツや魅力ももはや観光地や施設側が“お客さまが喜ぶだろう”と予想したサービスにお客さまニーズが合致しなくなっている時代をむかえようとしている。これはかつて日本人がモノ作りにおいては世界トップの能力を有する国民だといわれていたにもかかわらず、“0 を1 にする発想力”が乏しいといわれていた。しかしエンタメコンテンツのランキング上位をSNS で個人発信したコンテンツが占めるようになった現在、“0 を1 に創造し、個性をコンテンツ化”する能力を持つ日本人が増えていることを示している。
その大多数を占めるのが先述したミレニアルやZといった世代だ。彼らは日常におけるセルフプロデュース力も生活パターンも無意識の思考として持っており、そこに他者から押し付けられた価値観を妄信する余地はない。
“顔を映さないならテレビに出る”という価値観
それでは、新たな市場を担う世代に響く魅力を提供するにはどうすればよいのか? まずやるべきことはその世代の人材を企画チームに配置することだ。インバウンドサービスの成功においてターゲット国の人間を企画もしくはサービスチームに入れるのが鉄則なのと同じ原理だ。その際、管理職層が意識しなければいけない点が二つある。まずは人選だ。やみくもにミレニアル、Z に属していればいいというものではない。
例えばSNS 活用において自らの露出における承認欲求が強いタイプはよほどのカリスマ性とフォロワー数を持つのでなければむしろ不適合な人材だと考えた方がいい。むしろ顔出しはせずに趣味趣向や好きなものへのこだわりなど、感性や世界観の発表の場としてSNS を活用している、さらにいうならマニア的な傾向を持つ人材こそがおススメだ。これはAdo やyama、りりぁなど昨今のヒットチャートをにぎわせている楽曲の多くが“顔出しNG”“MV をアニメで作り、アーティストではなく作品の世界観を前面に出す”タイプのアーティストに支持が集まっていることを鑑みて貰うといいだろう。
今でこそ顔出しやテレビでの露出が解禁されているが、一世を風靡した米津玄師やYOASOBI のAyase なども顔出しをせずに、世界観の発信でボカロPとして成功した上で顔を出す戦略に切り替えている。また「ミュージックステーション」などは毎週のように“顔出しNG”アーティストを起用し、顔を映さない演出で出演させている。
これまでの価値観であればテレビに演者として出る際に“顔を映さないでよい、むしろ映さないでくれ”などGReeeeNという例外はあったにせよ、想定の斜め上を行く展開だったはずだ。しかしルックスではなく世界観への共感が大きな商圏が生んでいる時流を考えるに、観光業界もニッチでもマニアックでも、徹底した世界観を持っている人材を企画職に登用できることが施設や地域魅力の創生を成功させる上で必須な時代が来ようとしているのではないだろうか? 次にそれら新しい世代が発想する企画に対して、管理職層が既存の価値観でジャッジしないようにできるかどうかも成功を占う上では大切だ。今は昭和、平成以上に既存の成功体験が通用しない時代に突入している。
いかに過去の成功体験を封印し、新たな時代の価値観を“面白い”と思えるマネージメントクラスを有せるかどうか? この2 点は日本の観光業界が生き残りを賭ける中で今最も検討すべき課題だといって過言ではないと考える。
(取材・本誌 毛利愼 原稿 飯野耀子)
担当:毛利愼 mohri@ohtapub.co.jp