米国の蒸留酒輸出の約75%を占める主要な生産者と販売業者を代表する業界団体であるアメリカン・スピリッツ協会(DISCUS:Distilled Spirits Council of the United States)は、米国農務省の市場アクセスプログラム(MAP)と農産物貿易促進(ATP)プログラムの支援のもと、主要なスピリッツ輸出市場におけるアメリカン・スピリッツの普及促進を目指したキャンペーン「Cheers!Spirits from the U.S.A.」を行っている。
米国スピリッツ協会(DISCUS)の輸入プログラム・コーディネーターのオードリー・クラーク氏
2023年9月21日(木)TOKYO AMERICAN CLUBにて未輸入を含む22社のスピリッツが一堂に会したプロ向け試飲会が開催された。マーケティング・コミュニケーションと市場性という視点から試飲会を見る重要性に触れつつ、その様子をレポートしたい。
【展示会でどのようなコミュニケーションを取るのか?】
普段、展示会や試飲会に参加される読者の方々も多いと思う。「何を目的に」して試飲会に参加しているかは、参加者によって異なることは容易に想像がつく。同じソムリエであっても、勉強や情報収集が目的の場合もあれば、仕入れが目的の場合もあるだろう。主催者側は、常にそうした参加者の意図を把握しつつ、自分たちが行いたい(伝えたい)ことと調整して会をデザインしていかなくてはならない。参加する側は気にしないかも知れないが、主催者側の意図を考えると試飲会は新しい視点で見ることができる。
今回のキャンペーン「Cheers!Spirits from the U.S.A.」では、インポーター、ディストリビューター、サービス業、成人消費者、そしてメディアを対象にしたプロモーションが行われている。つまり対象が販売を担う方、消費を担う方、情報発信を行う方と全方位を対象にしたキャンペーンだ。今回の試飲会はその一環で行われている。
もし読者の中にマーケティング・コミュニケーションの担当者がいれば考えて頂きたいのだが、どのようなプログラムやキャンペーンを行うのが得策であろうか。難しい問題でもある。リサーチを基にして設計を行うなど様々なアプローチがあるが、ゴール(もしくはゴール対するOKRのようなポイント)の設定は欠かせないだろう。例えば、ゴールが市場拡大なのか認知拡大なのかで対応が異なるからだ。
なぜ冒頭からこのようなことに触れたかというと、試飲会やワークショップなどのイベントをマーケティング・コミュニケーションの場として見た際に、何を優先しているかが分かるからだ。日本市場へのエントリーを優先している場合、コミュニケーションの主な対象となるのは輸入業者であり、別途商談席や商談時間を設けられることがある。集客のアプローチももちろん異なってくるし、会場選びや時間帯などもそこから見えてくることがある。
今回の試飲会はプロフェッショナルに向けたものであった。米国18州から未輸入メーカー18社、輸入メーカー4社のスピリッツが並べられていたが、そこに生産者の姿はなかった。しかし、生産者ではなく同業のプロがブースに立つことによって違った様相も見えていた。個性豊かなスピリッツを試飲し質問が飛び交う会場には、プロフェッショナルならではの「このスピリッツをどう活かすのか」という話がどこでも挙がっていた。
輸入業者の立場からすれば、生産者がいなければ、その場で具体的な価格(EXWなのかFOBなのかなど)、MOQといった貿易に関わる話は望めない。このコロナ禍を経てweb商談というのも多く普及してきたこともある。プロモーションの費用として見た際、出展に掛かる費用(航空代や宿泊代など)を鑑みたROIを考えると、来日して商談や出展をする必要性も薄くなっているのかもしれない。(これは日本の企業にとっても言えることで、生産地に積極的赴かなくても商談ができるようになったとも捉えられる)
今回はプロ向けの訴求がメインであるように見受けられたが、最終的には輸入が開始されなければ取り扱いすることは叶わない。別の機会なりに、輸入を目標とした会の設定も必要ではないかと感じた。読者の方々も、是非一度そうした目で試飲会やイベント俯瞰するということを試してみてほしい。
【欲しいけどどのくらい売れるのだろうか?】
もう一つ未輸入商品が多い展示会や試飲会で注目して頂きたいのが、市場性だ。先程、会場内では「このスピリッツをどう活かすのか」という話が多く聞かれたことに触れた。しかし、欲しいスピリッツがあっても輸入がなされなければ使用することは難しい(個人購入は別として)。そこで重要になるのが市場性だ。
例えば、自店舗で扱った場合、月に何本出るだろうか。同様の感覚で、1年に日本全体で何本くらい売れそうなのかということを考えてみてほしい。試算した本数と総生産量、MOQ、価格といった条件を総合的に判断して輸入がなされる。生産者のポートフォリオも重要で、1ブランドしかないのか、同じブランドでどのような商品があるのかで変わってくる。こうしたことを考えると、輸入された際に、この商品が継続的に扱われるのか、終売で無くなってしまう可能性が高いのかも検討することができる。
そして、売れそうだと思ったら、次はどのようなコミュニケーションを取ればよいのかということが浮かんでくる。先程の「このスピリッツをどう活かすのか」はこの段階の話になる。以前、Jennifer Docherty MWの「Buying is Selling」という講演を紹介した。どれだけ売れそうかを考えることは流通を意識することに繋がる。バイヤー資質を身につけるためにも、是非、こうした視点で試飲を行ってみることを試して欲しい。
【造り手の好きが垣間見れる】
今回試飲に出ていた未輸入のスピリッツの中で、いかにもアメリカらしい味わいというものがいくつかあった。そして、そうしたスピリッツは「造り手の好きや情熱を形にした」というのがよく分かり、思わず口にして笑みがこぼれた。鍵はフレーバーにある。中でも印象的だったものを少し紹介したい。
毎年、年始の国際的なトレンド予想でフレーバーについてはいつも触れられている。日本ではRTDが広く販売されていることもあり、季節ごとのフレーバーも豊かであるが、スピリッツのフレーバーに関しては、ニュートラルなスピリッツを対象にしたものが多いと思う。しかし、今回の試飲会で披露されたスピリッツは、それらとは一線を画す。大きく大別すると、素材そのものの良さを出すものと、副次的にフレーバーを重ねることで唯一無二の味わいを出しているものの2種類がある。少しだが紹介していきたい。
Epoch Reserve Rye Whiskey 50%, Baltimore Spirits Company, Maryland
エポックの名前が示す通り、1800年代半ばの製造方法と同じやり方で造られているそうだ。特筆すべきは、よく見られるライとは異なり、グリーンネスを感じるところが素晴らしい。シリアル感やスパイス感だけでなく、素材そのものの一種の青臭さが程よく香り、スピリッツ自体も非常に洗練されていて、度数よりもとても軽やかで澄んだ印象を受ける。ストレートはもちろんだが、スピリッツ自体がとても上品でありながら香り立ちが良いため、カクテルとしても使ってみたいという声が上がっていた。
以下に紹介する3種は、どちらも副次的にフレーバーを重ねて、個性を出しているスピリッツだ。
Hibiscus Coconut Rum 40%, Whistling Andy Distillery, Montana
モンタナ州のラム。ラムとなる原料はルイジアナのモラセスとコロンビア産のケーンシュガーを用いており、醗酵後にジャマイカの紅茶会社から仕入れたハイビスカスのドライフラワーを浸す。ハイビスカス感が強いのかと思いきや、ココナッツの香りとラムの甘い香りが相まって、パンケーキとシロップのような印象を受ける。フレーバーもくどくなく、重層的に感じられる。カリブ海のアンギラで過ごした経験やパイレートラムのブレンダーから学んだ経験が反映されている。こうした生産者の体験が昇華した商品という点でもユニークさを感じさせてくれる。
Ole Smoky Salty Caramel Whiskey 30%, Ole Smoky Distillery, Tennessee
この生産者のスピリッツはどれも印象深く楽しい体験ができた。保存瓶のような形でボトリングされたムーンシャインシリーズにも様々なフレーバーがあり、中でもアップルパイは懐かしさを思わせるリンゴの甘さがなんとも心地よく、喧嘩をしている方に飲ませたら喧嘩が収まるのではないかと思うほど、やさしく、ほっとする甘さがあった。また、フレーバード・ウイスキーも多彩で、ソルティーキャラメルは、映画を見ながらポップコーンを片手に飲みたくなるような味わいだ。フレーバーが多彩なので、今日は違った味わいを楽しみたいという時にはピッタリだと感じる。日常を楽しむ、日常を彩るお酒という親しみやすさとローカルの需要を感じさせてくれるスピリッツだ。
Magic Rabbit 35%, Cleveland Whiskey, Ohio
ラベルに小さく書かれている通り、チョコレートとピーナツバターのフレーバード・ウイスキーだ。この自由さ、遊び心こそがアメリカン・スピリッツの良さだと思わせてくれるようなスピリッツで、ウイスキーの香りの後、ピーナツバターが香ったかと思えば、余韻には芳醇なチョコレートの香りが広がる。フレーバーもだが、とてもアメリカらしいと納得してしまう。味わいを聞くと敬遠されるかもしれないが、味わいはとてもストレートで、フレーバーの着色感やシンセティックな印象はなく、シームレスに香りが繋がっている。香りも相俟って奥行きや濃さを感じさせてくれる。真面目な本格派だけでなく、こうした遊び心があるところが面白い。はっきりとした個性ではあるが、カクテルへのアクセントとしても使えるのではないかと感じた。
【detail orientedからの脱却】
今回の試飲会は味わいの多様性もだが、その自由度からアメリカン・スピリッツの懐の広さを感じた。従って、細かいことよりも自由度を楽しむというコミュニケーションが合っているのではないかと感じた。特に日本では、商品に付随する情報を過分に求められる傾向が強いため、detail orientedからの脱却という意味でも、価値があるように思われる。
以前、海外酒類企業に勤める日本市場担当が冗談交じりに笑いながら「日本を担当できたら、世界中どこの市場だって大丈夫」と話していたことを思い出す。日本市場は非常に細かなことが要求される。皆さんも経験がないだろうか、「このワインの酸度はいくつですか?pHは?樽の産地は?」といった質問をしたりされたりすることや、ラベルや箱が少し汚れていて交換を求められたりすることが。細かさ(細分化)により(価値を)説明するだけでなく、多様性(作品性)を楽しむという方法も併せて重要になってくる。
現状だと、例えば、「全米のスピリッツ事情のセミナー」と、「アメリカン・シングルモルト・ウイスキーのセミナー」を比べた際、後者がより注目される(集客が多い)のではないだろうか。そうして次回はより細分化されて、○○州のアメリカン・シングルモルト・ウイスキーというようにどんどん幅が狭まり深度が増していく流れとなるのではないだろうか。そうした細分化も重要ではあるが、アメリカン・スピリッツ全体を見た際、これほど同じカテゴリーでも自由度や多様性に富んだものを活かさないのはもったいないように思える。
純粋に「何か面白いスピリッツが飲みたいんだ」「だったらアメリカン・スピリッツがいいね。私のおススメは…」というコミュニケーションが取れるのではないだろうか。ウイスキーやジン、バーボンといったカテゴリーではなく、多様性を楽しむ。Something differentの代名詞としてのアメリカン・スピリッツだ。
プロフェッショナルはその専門性の高さや豊富な知識から細分化に進みやすい。しかし、例えば、ポイヤックやボルドーは知らなくてもフランスワインを知っている方がいるように、より大きな括りをきちんと楽しんでもらえる試みが市場を広げていくように思う。また今回の試飲を通じ、クラフトの背景には自分の好きが表れているように感じた。好きや情熱を楽しむ、他人の作品性に触れるという意味でアメリカン・スピリッツが広く輸入され販売されていく、今後の伸びしろに期待をしていきたい。
担当:小川