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第二十一回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第21回 エピローグ(1)

【週刊ホテルレストラン2021年04月09日号】
2021年05月17日(月)
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(前回までのあらすじ)
SPCMからの買収の危機、帝国生命からの賃貸借契約満了による追い出しの危機などを乗り越えたホテルメガロポリス東京。関係者は、未来に向け変わらず歩き続ける。
 

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まだ風が冷たい3月。ホテルメガロポリス社長兼豊島興産社長・豊島吾郎は、池袋駅東口の本社ビル内にある質素な社長室で腕を組みながら、机の上の電話と、その脇にあるホテルでのイベント企画書を交互ににらみ付けていた。企画書はマーケティング支配人の阿部が起案しており、内容はホテルの宴会場を使ったトークショーだった。テーマは「池袋開発の歴史」で、豊島自身が親子2代に亘る社業を語ることになっている。池袋発展の歴史は、戦後の闇市からの再開発の話にほかならず、その再開発を担ってきた豊島興産の歴史そのものである。そして、豊島吾郎の父・一郎は裸一貫でこの会社を大きくした立て役者なのだ。池袋西口南地区再開発の話を聞いた阿部が、この話題で地元客を集めたトークショーを行なえば集客できると主張し、企画立案に至った。豊島は、意を決して、受話器を取り、電話をかける。
 
「ああ、野座間さん、お久し振り。豊島です。すっかりご無沙汰しております。実はうちのホテルで今度、池袋再開発をテーマにしたトークショーを行なうことになりましてね。僭越ながら私も話をするのですが、野座間産業さんの開発なくして池袋の歴史は語れない。ぜひ、野座間さんにもご登壇を賜りたいと…。」
 
阿部の企画の最大の目玉は、豊島吾郎と野座間ゆり子を同じステージに立たせて対談をさせること。普通のセミナー企画担当者であれば怖気づいて絶対に実現できない顔合わせだ。財津以下、ホテルの支配人クラスはそんな企画、豊島社長が絶対にOKを出さない、怒られる、と反対したのだが、一切の責めは阿部が負うと啖呵を切ったため、社長まで企画書が回ったというわけだ。

実は、まわりが忖度するほど、豊島と野座間の仲は悪くなかった。確かにお互いの親の世代は東と西に分かれた開発競争を激しく行なっていたが、いまや全国区でライバル同士の菱光ビルと五井不動産が共同でビル開発をする時代だ。池袋という狭いマーケットの中でいがみ合っていては外部資本にうち勝つことができない。これまで実績はないものの、両雄は密かに共同開発の相談をしたこともある。しばしの沈黙の後、野座間は登壇を快諾した。野座間は「久し振りにお宅のフレンチが食べたいわ」といい、豊島は招待を約束した。改めて登壇の礼を言い、電話を切ったあと、豊島は少し目を閉じる。今まで、こんな企画書が自分のところまで上がってくることなどなかった。これまでは皆、ある意味豊島のイエスマンで、前例踏襲主義者ばかりだった。帝国生命との一件は辻田というフジコーの生き残りに救われたが、彼に感化されてホテル経営陣の姿勢そのものが変わってきているということか。自分ももう少し真剣にホテル経営に関わってみよう。旧世代の不動産屋である自分でも何か付加価値が付けられるかもしれない。豊島はホテルの組織図を改めて眺めてみる。窓からは柔らかい春の日差しが差し込んでいた。
 
*****
 
同じ日差しは、日本橋のとあるビルの9階に入居している料亭「日本橋・深田」の個室にも注がれていた。普通は一軒家かビルの低層階に位置し、日が沈んだ後のディナータイムを主戦場とする料亭にとって、自然光が燦燦と差し込むという設えは意外性がある。ホテルメガロポリス総支配人・財津浩二は、そこで銀座東洋ホテル時代の旧友・菅原清隆と遅いランチをとっていた。菅原は銀座東洋ホテル閉館後に自らホテル運営のコンサルティング会社を設立し経営は順調のようだ。もし予算が合うようであれば財津は今回の一連のアドバイザー役を菅原に依頼するつもりだった。
 
「財津のところ、最近調子いいらしいじゃない。ウチにお鉢が回って来るかと思って待っていたのに。賃貸借契約も無事に更新されるんだって?」

「耳が早いな。そういう噂はどこから回って来るんだ? まさか、うちのホテルに菅原のスパイがいるとか?」

「まさか。まあ、いろいろあるさ。でも、よかったな。賃貸借契約が終了して追い出される経験は銀座東洋だけでたくさんだ。」

「ああ。あの時は『こんなにお客さんに愛されているホテルなのに何故閉館の憂き目に逢うのか』って、ビルのオーナーを呪ったよ。でも、今回はもっと冷静だった。要は、ビルのオーナーが期待するリターンをあげられないオペレーターはそこでホテルを経営する資格がない、ただそれだけのことだ。どんなにサービスクオリティが高かろうと、顧客満足度が高かろうと、期待される賃料を払えなければ、生き残れない。」

「僕は銀座東洋を辞して早々にコンサルティング会社を作ってその世界に飛び込んだから、財津の言うことはよくわかる。でも、収益が出せなければ首になるという危機感を持って運営にあたっているホテリエは少ないよね。電鉄系で資本力があるところなんか、そういった危機感は全然ないし、開発予算はあるし、まったくもってうらやましくなることがある。」

「そうだな。まあ、うちは独立系だが、何とかやっていけそうだよ。菅原のところにコンサルを頼むよりずっと少ない費用で大学教授を雇って、コンサルティングというか、コーチングというか、考え方の整理というか、そんなことをやってもらった。コンサルティングもフルサービスで分析をしたりレポートを書いたりまでしてもらえれば楽なのかも知れないけれど、逆にそれだとなかなか身に付かない。予算がなかったからこんなやり方になったけど、今ではそのおかげでホテル経営を管理するプロが社内で育ちつつある。」

「へえ。財津がそんなに褒めるなんて珍しいな。そいつ、うちに引き抜いちゃおうかな。」

「やめてくれよ。もうしばらくは胃が痛い思いをしたくない。」
 
旧友たちは笑いながら、料亭の味に舌鼓を打った。
 
*****
 
その頃、日本橋から南に3km下った内幸町のミズナミ銀行本店では、ホテルメガロポリスに財務部長として出向中の近藤誠一が人事部に呼ばれていた。人事部次長の木曽隼人が切り出す。
 
「近藤君には豊島興産経由でホテルメガロポリスに出向してもらっていたわけだが、そろそろいいだろう。実は、この4月に銀行内で組織改編がある。まあ、銀行にとって組織改編は年中行事みたいなもので、それ自体はどうということはない。ただ、今回は審査部に業種別ラインを入れることにした。本部も支店もなく、大企業も中小企業もなく、単純に業種別に審査する力を蓄えようという試みだ。その宿泊事業ラインのヘッドに審査役の待遇で、君に戻ってきていただきたい、というわけだ。」

「へえ、出向するとき5年くらい覚悟せよと言われていましたが、まだ3年ですよ。」

「個人の人事より、銀行の組織編制が優先されるのはいつものことだろう。どうだ、すぐ戻ってこられるか? 君の後任の財務部長は銀行から出す予定はないから内部昇格をさせる必要があるだろうが、そのあたり、出向先とよく相談してくれないか?」
 
少し前の近藤ならこの出向解除・本部配属の話に二つ返事で飛び乗ったところだが、今メガロポリスを自分が離れて大丈夫だろうかという不安がよぎる。それに、この1年でせっかくチームの一員になれた気がしたのに、そこを去るというさみしさもある。でも、自分は銀行の人間だ。銀行の人事には逆らえない。銀行からホテルに転籍せよと迫られるのならともかく、自ら銀行を辞してホテルに移籍したら給与は下がるかも知れないし、その後のキャリアパスも不透明だ。自分の家族のことを考えたら、そんな冒険はできない。
 
「わかりました。今ちょっと大きなプロジェクトを抱えていまして、すぐ来月から審査部というのは難しいかもしれませんが、身に余るお話をいただき光栄です。では、出向先と出向解除のタイミングを相談させていただき、一両日中に改めてご連絡するように致します。それと…」
 
近藤は思いつき、木曽に提案する。
 
「私の今回の出向経験を活かすとなると、銀行はこれまでの財務分析偏重主義ではダメだと思います。財務分析ではホテルの経営は見えません。取引先にはユニフォームシステムというホテル会計基準導入を促し、当行独自のベンチマークを整備することで他行に先んじた審査体制が確立できると考えます。そのための予算付けと人繰りをご検討ください。」

「わかった。君の意見は審査部長に伝えておくよ。近藤君、出向先でいろいろ学んだようだね。素晴らしいことだ。」
 
出向解除の話をしたら、財津GM以下、ホテル活性化委員会のメンバーはなんていうだろう。自分が出向者であることは皆知っているし、いつかは出向解除になることも知っている。思いのほかドライな対応となるのかもしれない。だとしたら、少しさびしい。あれ、自分の帰属意識はいつから銀行ではなく、ホテルメガロポリスになっていたんだろう。近藤は窓の外の青空を見上げた。
 
*****
 
その青空から降りてくる航空機を尻目に、ホテルメガロポリス料飲支配人の村上修造は、羽田空港のANAラウンジ内をつぶさに見て回っていた。これから香港に出張し、ホテルのクラブラウンジの先進事例を視察に行くのだが、村上はエアラインのラウンジコンセプトに注目していた。ホテル活性化委員会で俎上に上った「ファイン・ワイン・ダイニング」分割案が協議されるなかで、レジャー客とビジネス客(もしくは大学のゼミグループ客)が共存できるエリアを作り上げるにはエアラインラウンジが参考になるのではないか、という意見が出たからだ。確かにエアラインラウンジはファーストクラス・ビジネスクラスの上客に満足してもらう必要があり、一方でその旅の目的はビジネスだったり、レジャーだったり、様々だ。場合によっては、エアラインラウンジで商談をしたり、ビデオ会議に出席したりするニーズもある。池袋という巨大ターミナル駅前のフルサービスホテルのVIPゲストミックスと似ている、というわけだ。
 
「こりゃ、今のレストランレイアウトからは大幅な改装が必要だな。改装予算との兼ね合いでどのあたりで妥協するか、か。」
 
村上は思わず、独り言を漏らす。もともと、改装予算を節約すべく、重厚なフレンチレストランの内装をそのままにモダンフレンチにコンセプトを変更した経緯があるが、やはりそれでは店の内装と提供メニューにミスマッチがある。レストラン経営不振の一因はそこにもあるのかも知れない。他方、エアラインラウンジは高級感を損なうことなく明るくモダンな内装を実現しており、また、ダイニングスペース、ソファスペース、PCカウンターテーブルなど、用途に合わせたシーティングの区画を構成しており、それらが一定の調和を保っていた。

もうひとつ、村上が気づいた点がある。ラウンジ入室の際にプレミアムクラス搭乗ではないのにラウンジに入っている人が予想以上に多い、ということだ。彼らはエアラインの獲得マイルが多くエリート会員に昇格したことで、エコノミークラス搭乗でもラウンジにアクセスできる。彼らはラウンジ入室の際にエリートステイタスカードを提示するのですぐにわかる。彼らはエリートステイタス獲得のため、積極的にそのエアラインだけに搭乗し、マイルをためる。独立系のホテルメガロポリスにも会員システムがないわけではないが、客室部門の客だけが対象で、あまりうまくいっているとは言えない。むしろ、リピートが期待できる地元客に向けてレストランでもポイントが溜まるシステムを構築し、一定程度溜まったらラウンジに招待するというインセンティブを設けてはどうか。村上は我ながらいい考えだ、と思う。続きは、香港行きの機上で考えよう。「ファイン・ワイン」でも提供できそうな、そこそこ上質な、でも高くないワインを飲みながら。
 
*****
 
村上が羽田空港のラウンジをうろうろしているころ、ホテルメガロポリスのマーケティング支配人・阿部まりあはマーケティング部の部下2名と池袋御嶽神社に来ていた。自慢のウェーブした髪は後ろに束ね、スプリングコートにパンツルック、レディーススニーカーという、いつもとは少し違う服装だ。しかも、顔にはマスク。どうやら、花粉症らしい。それでも、今日はホテル近隣を歩いて回り、マーケティングのネタを拾うという予定になっている。
 
「うーん。確かにここまでホテルから徒歩15分、しかも道中、他に目ぼしいアトラクションもない。更に、神社自体は意外と小さくて地味、ときた。これじゃ、近隣観光スポット的な案内には不向きね。」

「ですけど、阿部さん。ここの身代わり守、フクロウの刺繍がついていてとってもかわいいんです。イケフクロウを擁する池袋の地元っぽくて良くないですか。以前おっしゃっていた、差別化要因、地元らしさを表すsense of placeですよね、これ。」
 
部下のひとりが、神社訪問を薦めた手前、必死で神社のセールスポイントをプレゼンする。
 
「それは、わかる。でも往復30分ちょっと、このためだけにお客さまの時間を使ってもらうには訴求力不足かな。えっと、地図を見るとこの先に緑道がある。ちょっとそこまで行ってみましょう。」
 
阿部は自身のスマートフォンを見ながら率先して神社から西に更に数分歩き、山手通りの手前にその緑道を見つけた。あまり手入れが行き届いている感じはしないが、レンガを敷いた小道が南北に、文字通り住宅地を縫うように伸びている。
 
「名前は谷端側南緑道…なるほど、昔は川だったところが今は暗渠となり、遊歩道になったというわけね。ブラタモリでタモリさんが飛びつくようなネタだわ。」
 
阿部はスマートフォンのGoogleマップで情報を収集する。元々は川沿いだったから、緑道の両側には生活感が残る街並みが続いている。阿部は何かを思いつき、しばしマップをいじる。部下の二人は何事かとその様子を見守る。
 
「うん、沿道にはいくつかトイレがあるし、立身大学と同じ宗派、日本聖公会の教会もある。神社と絡めれば地元のストーリーには事欠かないわ。ひとつひとつのコンテンツは弱いけど、この辺をぐるっと走るジョギングコースを作りましょう。コース中に急な坂がないのもポイント。ホテルに帰ったらすぐにジョギングマップを作ってみて。地図上で見た感じ、一周だいたい3.5km。まあまあな距離ね。そして、朝走る人が多いでしょうから、御嶽神社には早朝もお守りを売ってもらえるように交渉しましょう。神社の人気が出たら、ホテルからウォーキングツアーを出してもいい。その場合、江戸川乱歩邸の見学も混ぜてね。」
 
阿部は矢継ぎ早に指示を出す。「ホテルのプロダクト開発は館内だけじゃない」という辻田の言葉は、阿部の耳にも届いていた。阿部は、新宿西口には新宿中央公園という大きな公園があり、近隣のホテルはそこをジョギングマップの中心に据えていることを知っていたが、残念ながら池袋西口にはそのような大きな公園はない。大学のキャンパスはあるが、なかは意外とごちゃごちゃしているし、構内には部外者、しかもランナーはみだりに入れないだろう。ジョギングマップなんてなくてもいいと思っていたけど、他のホテルにあるのに自分のホテルにないのは、ちょっと悔しい。
 
「これまでうちのホテルは、駅前立地であるが故に駅から遠い方のコンテンツをあまり見てこなかったようね。でも、ホテルのまわりのものは何でも使いましょう。」

「阿部さん。別に反対するわけではないのですが、ジョギングマップって、そんなに大事ですか?」
 
阿部の部下のひとりが素朴な質問をする。阿部は笑って応える。
 
「いいえ。ジョギングマップひとつでお客さまがうちを選ぶわけではないわ。でも、ひとつひとつの積み重ねがうちのホテルを特別なものにしてくれるの。今はまだジョギングマップを提供するホテルが少ないから差別化要素、英語でdifferentiatorっていうけど、他のホテルとの違いを出す小道具のひとつになれる。でも、しばらくするとみんな真似して、むしろそれがないと客が満足しないという必須要素、satisfierになっていってしまう。マイルが溜まる優良顧客プログラムや客室内のWiFiもみんな同じ道を通ってきた。だから、うちが宿泊価格以外のところでお客さまから選んでもらえるようになるためには、少しでも他社に先行して小さな差別化要素を積み上げ続けるという、地味な努力が大切なの。」

部下の二人は大きく頷いた。阿部は、神社に戻って、まず自分がフクロウのお守りを買おうと思った。

(次号に続く)

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