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第二十回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第20回 不動産屋の悪知恵(2)

【週刊ホテルレストラン2021年04月02日号】
2021年04月28日(水)
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(前回までのあらすじ)
買収の危機にあった「ホテルメガロポリス東京」だが、花森たちの努力もあってその難はあっけなく過ぎ去ったように見えた。そこに、辻田からの気になる一通のメールが届き、年始早々に会いたいという。今回のテーマは、前回に引き続きホテルオーナーと運営会社の賃貸借契約についてだ。

 
---
 
「この契約は、定期借家権の要件を満たしていません。」
 
近藤と花森はまた、顔を見合わせる。新年早々、男同士でこんなに顔を見合わせることなんてあるだろうか。
 
「定期賃貸借契約という制度は2000年の法律改正によって誕生しました。このホテルの売買と賃貸借、いわゆるセール・アンド・リースバックが行なわれたのはその新しい法律が施行されて間もなくです。この頃は、形式要件が満たされていない契約が締結されていてもおかしくありません。実際、私もホテルとそのテナントとの契約で、要件を満たしていない定期賃貸借契約を目にしたことがあります。」
 
近藤の手には件の賃貸借契約原本があり、該当条項を右手の人差し指で追いながら、近藤は辻田にいぶかし気に聞く。
 
「それ、どういうこと? 契約書には『契約期間更新の定めがないこと』は明確に書かれている。」

「はい、ですが、法律では、正確に言うと借地借家法38条2項によれば、契約書とは別に『契約期間更新の定めがないこと』を説明した書面を交付することになっています。」

「両者が合意して調印した契約書に書いてあるのに、わざわざそこだけを抜き出して書面交付をするってこと? どういう意味?」
「私は法律家ではないので立法の趣旨は詳しくは存じませんが、恐らくそれまでは、いわゆる普通借家法の下では、契約更新があることが前提で作られていたため、定期借家という新しい概念がきちんと説明されていることを証拠として残すことを意図していたのではないかと思われます。いずれにせよ、このセール・アンド・リースバック取引には、通称『38条2項書面』が交付された形跡がありません。となると、定期借家の特約は無効となり、この賃貸借契約は普通借家とみなされます。SPCMもこの付属書面の有無までは細かく確認しなかったということでしょう。」

「でも、辻田先生、帝国生命からしたら、契約書本体に定期借家の合意が記載されていて両者の調印もなされています。たまたま書面交付を失念しただけで、うちのホテルに契約更新権があるなんて主張、受け入れますか? 私だったら裁判で争ってでも拒否します。」
 
花森は、法律のことはよくわからないけど、自分が帝国生命の担当者だとしたら当然に取るであろう行動を口にした。
 
「花森君、それは自然な考え方だ。事実、その論点がいくつかの裁判で争われてきた。そして10年ほど前、初めて最高裁の判決が出た。平成24年9月13日の判例がそれで、38条2項書面の交付がなかったことを根拠に、当該契約は定期借家契約ではないと判断され、契約終了を主張した賃貸人が敗訴しているんだ。昨日改めてインターネットでその事件を検索し、内容を確認したよ。」

「ということは、うちのホテルが来年この建物から追い出される可能性は極めて低い、ということですか?」
 
花森の心臓はドクドク言い出した。
 
「そうだね。さっき議論したとおり、『正当事由』の問題はあるが、君のホテルが契約終了で追い出される可能性は低いだろう。ただし、一点忠告しておく。『賃貸人は更新を拒否することが難しい』ということと、『賃借人の主張通りに賃料が合意できる』、ということは別の話だ。先方が7%の賃料増額を求めてきている以上、先方の主張をある程度織り込んだ金額で合意しないと、今度は適性賃料に関する訴訟が起きてしまう。仮に、他の事例に照らしてホテルメガロポリスでは払いきれない金額の賃料に合意せざるを得ず、しかも実際に賃料支払遅延が起きてしまうと、残存の賃貸借期間の長さに関わらず、債務不履行を理由に賃貸人は契約を中途解約できてしまうんだ。ま、いずれにせよ本件はきちんと弁護士に相談したうえで、帝国生命への対応策を決めるといい。」

「先生、ありがとうございます!うちの顧問の中島小野常石法律事務所に相談してみます。契約書案文の作成のタイミングで詳しく相談させてもらうつもりだったんですけど、それじゃ遅いですね。弁護士事務所はいつが仕事始めなのか知りませんが、すぐ中田先生のアポを取るようにします。」

「それがいいね。それと、これまで賃貸借契約終了や株式譲渡の可能性があり、なかなか投資に踏み切れなかったプロジェクトがあったと思う。『ファイン・ワイン』の改装計画なんかはいい例だね。あれはクラブラウンジ設置による客室部門の単価向上とレストランスペース二毛作を通じて料飲部門の売り上げ増加の双方が期待できる。賃貸借契約期間が更新され、株式も売られない、という目途が立つのであれば、今すぐにでも投資の実施計画に着手した方がいいよ。早く結果を出すには早く計画を作り、実行しなければならない。タイムバリューの概念、忘れていないよね?」

「はい。それはもちろん! 何だが、元気が出てきました。」
 
急に明るくなった花森とは裏腹に、近藤はまだ浮かない顔だ。
 
「でもさ、先生。契約が更新されるとなると、SPCMがまた豊島社長のところにすり寄ってきてホテルの株を売らないか、と言ってくる気がする。社長はこのホテルの株主として残ってくれるかな? 僕は銀行からの出向者に過ぎないけど、このホテルに愛着があるし経営改善を一生懸命にやっているつもりだ。何としてでも、豊島興産グループとして経営再建を目指していきたい。」

「近藤さん、社長が株を売る気になるかどうかは近藤さんや花森君の行動次第でしょう? 要はSPCMが支払う用意がある買収金額よりも大きい利益が将来に亘ってたたき出せるということを、社長に示さないとなりません。それに、SPCMの狙いが僕の見立て通りで、最終的に帝国生命に西口南地区再開発への参加を促し、このホテルの賃借権を帝国生命に売りつけて儲けようとしているのであれば、豊島社長はそれを阻止したいんじゃないでしょうか? 菱光ビル・野座間産業連合軍の儲けをより大きくさせる可能性があるなら、豊島社長はSPCMにこのホテルを売らない気がします。」

「なるほど、そうだ。だとすると、豊島社長に報告するときは再開発計画は菱光ビルと野座間が主導している、ってことも強調して説明しないといけないわけだ。」

「そうですね。まあ、地元の不動産再開発の話ですから、豊島社長は再開発協議会の話は流石によくご存知でしょう。むしろ、菱光ビルとSPCMの関係の説明が肝心です。まあ、大関-要のラインはあくまでも私、辻田個人の『読み』でしかありませんが。」

「了解。それにしても、先生。この38条2項書面の件、よく気付いてくれた。ホテルを代表して感謝します。」

「いえいえ。不動産屋なんて、なんか抜け道がないか、いつも考えている種族ですから。」

「いや、ビジネスにはその姿勢が重要だ。なんか祝杯をあげたい気分だな。辻田先生、これから一杯どう? 卒論指導は明日からでもいいでしょ? 花森はどうせ大した仕事してないから、文句なく付き合えるよな?」
 
辻田は苦笑して頷いた。花森も賛同しかけたが、ふと思いついた。
 
「その前に、皆さんで初詣に行きませんか? これまで一度も行ったことなかったんですけど、今年は神頼みが必要かと思って、予め西池袋の鎮守を調べておきました。北池袋を山手通りの方にいったところ、ここから歩いて15分くらいのところに御嶽(みたけ)神社、っていうのがあります。如何ですか?」

「うん、いいアイデアだ。そこでお神酒にありつけるかもしれないし。先生、大学がキリスト教だから初詣はダメ、とか言わないよね?」

「ご心配には及びません。不動産会社勤務の頃は毎年初詣に行き、11月には酉の市で『熊手』を買って商売繁盛を祈っていましたよ。」
 
意気投合した三人はホテルを出て、御嶽神社に向けて歩き出した。近藤と辻田が神社によって柏手(ルビ:かしわでかしわで)の作法が違うという他愛もない話を始めた頃、花森は森本の携帯電話に電話をかけた。できるだけ早くこのニュースを彼女にも伝え、安心して休暇を過ごせるようにしてあげたかったのだ。森本は最初のコールで電話に出た。
 
「花森さん、どうでした?」
 
どうやら辻田とのミーティングが終わる時間を見計らい、電話がかかってくるのを待っていたようだ。花森ははやる心を抑え、賃貸借契約の更新ができそうなことをかいつまんで説明した。電話の向こう側では森本が「本当に!よかったぁ。」と声をあげたあと、しばし沈黙があった。感無量らしい。
 
「というわけだから、慌てて帰ってこなくても大丈夫だよ。少し遅い正月をご両親とゆっくり過ごして来てね。」
 
花森は何気なく、気遣った言葉をかけ、電話を切るつもりだった。だが、森本は予想に反し、打ち明け話を始めた。森本が花森と初めて会った15年前のホテルビクトリアパレスでの家族3人でのディナーがとても楽しい思い出だったこと、その後父親が過労で倒れ帰らぬ人となってしまい、家族3人での誕生日ディナーはあれが最後となってしまったこと、その楽しい思い出を作ってくれたホテルというところで働きたいと心に決めたこと、立身大学観光学部に入学が決まりとてもうれしかったこと、久しぶりにホテルビクトリアパレスに赴いたらホテル名が変わっていて思い出の展望レストランもなくなっていて衝撃を受けたこと、ホテルメガロポリスに就職が決まりホテルビクトリアパレスでサーブしてくれたと思われる花森と一緒の職場で働くことができてうれしかったこと、そして、そのメガロポリスが存亡の危機に瀕し花森と一緒に経営企画室で戦ってこられたこと。
 
「思い出が詰まったホテルビクトリアパレスがなくなっていて悲しい思いをしました。そんな思いをうちのホテルのお客さんにさせたくありません。でも、そのためには『おもてなし』だけじゃなく、経営理論が必要だとずっと思っていました。今回、経営企画室に異動させてもらえて、経営改善策を考えて、そして契約が更新できることになって、わたし、本当に幸せです。今日母の実家に帰ってきたばかりなのに、早くホテルに戻りたくて、うずうずしてます。花森さん、待っててくださいね。」
 
この子は強いな、と花森は思う。これまで自分も、知らないうちに森本の明るさと強さに支えられてきたのかも知れない。花森は「森本がいなくても仕事は回っているから大丈夫、ごゆっくり。」と強がりを言い、電話を切った。
花森一行が御嶽神社に向かう道は低層住宅が並び、都心とは思えないのどかな風景が続いていた。神社のシンボルツリーが見え始めたころ、花森は神社の前の片側一車線の広い車道に黒塗りの車が停まっていることに気づいた。運転手が中で待機している。神社の敷地は思ったより広くなく、参拝者でにぎわっている。
 
「野座間ゆり子だ。」
 
近藤が小声で叫んだ。境内からは数名の男女が雑談をしながら出てきた。その中で、白いスーツでとりわけ目立ったのが野座間ゆり子だった。年齢は70才くらいだが、背筋がすっと伸び、足取りにもエネルギーを感じる。彼女もまた、少し遅めの初詣を行なったところだったようだ。彼らは足早に車に乗り込み、次の目的地に向かって走り去っていった。「仕事始め」の挨拶行脚が続いているのだろう。花森一行が境内に入ると、社務所脇の寄付者奉名版と積んである寄付されたお神酒には野座間の名前が刻まれており、否が応でも目に入る。
 
「そりゃそうだ。西口は野座間の地元だもんな。どうする、敵地でお参り、する?しない?」
 
近藤が問題提起する。花森は「もちろん…」と言い、率先して賽銭箱の前に立ち、奮発して500円玉を投げ入れ、祈り始めた。近藤と辻田も続く。一礼後、社務所で護符を買いながら、近藤が独り言を言う。
 
「まずは何より、帝国生命との契約更新だよな。向うは2項書面のこと気付いているかわからない。気付いていないとすれば、ひと悶着ある。できるだけ平穏な契約交渉になるよう、祈ったよ。」

「僕はうちのゼミ生が無事に卒業できることを祈りました。神頼みなんかしてないで、卒論指導しろよ、と言われそうだけど。花森君は?」

「はい。うちのホテルがずっとあそこで経営できますようにって。帝国生命との契約だけの問題じゃないです。もっと収益力をあげ、親会社に頼らずとも自力で資金調達して必要な改装工事が行なえる。そうやって自転していくホテルを作り上げていきたいです。」

「新年の抱負とはいえ、やけに大きく出たな。」
 
近藤が混ぜっ返す。
 
「いえ、実は大きな話ではなく、小さな話の積み上げなんだなと思うようになりました。経営企画室に来て9ヶ月、ホテル経営を見る目が変わってきたように思います。なんていうか、これまではただ接客して運営しているだけだったんですけど、ここのところ『経営』をする視点が身に付いてきたような気がします。これを続けていけば、今後も自分たちの職場を守り続けていけるのではないかと。そのための努力を怠らない様にしようと思います。そのためには、経営学をもっと学ばないといけないですね。辻田先生、引き続きどうぞよろしくお願いします。」

「いや、君の方針演説はすばらしい。一年の計は元旦にあり、だ。その姿勢、大切にね。継続的に経営を改善していくには、Plan-Do-Check-Actionサイクルを確立することが肝要だ、って話、まだしていなかったっけ?」

「まだです。」

「そうか。まあ、あまり難しい話ではないから、ホテルの方に戻る道すがら、説明しよう。」

「せっかくだから、僕も聞かせてもらうよ。」

「近藤さんは銀行員だからPDCAサイクルは身に付いていると思いますよ。でも日本の企業では試行錯誤を良しとする風習がないから、サイクルが確立できているところが意外と少ないですよね。で、花森君、P、D、C、Aは、それぞれ、Plan、すなわち計画、Do、すなわち実行、Check、すなわち成果の検証、そして、Action、検証に基づく修正計画実行、のことだ。これをぐるぐると繰り返すことが試行錯誤を重ねて経営改善を継続的に行なっていくうえで大事って話だ。まあ、この話自体は大して深みもない。では、質問。Plan、Do、Check、Actionのうち、日本の会社で一番弱いフェイズはどれだと思う?」

「それはもちろん、Check、検証ですね。計画はやりっぱなしで、反省会をしないとか、よくあります。」

「確かに。でもね、僕は計画の立て方が悪いことが反省会をしにくい原因じゃないかと考えている。例えばホテルの年度マーケティング計画でよく『旅行代理店との取引深耕』っていう目標をみるんだけど、それってどういう意味だと思う?」

「えっと、団体客の取り扱い量を増やすとか、旅行パンフレット掲載の順番を前の方に持ってきてもらうとか、そんな感じですか?」

「うん、だったらそういう目標を立てればいい。代理店と仲良くなることは手段であって、目標ではない。例えば、昨年は3校しかなかった高校修学旅行の扱いを今年は5校の予約を取り付ける、とか、数字も入れて具体的にね。もし『手段』達成度合いも業績考課に加えるというのであれば構わないけど、それでも『取引深耕』というあいまいな表現はよろしくない。前より頻繁に旅行代理店の人と会うだけでも達成したことになるかも知れないし、前年度より多く担当者と飲みにいって交際費を多く使うことで評価されてしまうかも知れない。」

「まあ、あいまいな方が業績考課のときに何とでも言えますからね。」

「でも、それじゃダメだ。近代経営では、SMARTゴール設定、ということが推奨されている。近代といっても1981年に発表されている論文がベースだから、実は相当古いけど。でも、残念なことに、多くの日本企業にとってはまだ『新しい』んだ。SはSpecific、具体的であれ、ということ。MはMeasurable、測定可能であること。AはAchievable、達成可能であること。RはRelevant、経営目標と関連性があること。そして、TがTime-bound、時間制限を設けること、例えば、8月末までにこれをやります、といった具合だ。個々人が設定する『今期の目標』はこの5点に沿って立てるといい。というか、そうでないと、実行、検証がうまく行えない。逆に大きな目標達成のために個々人の目標があるわけだが、大目標達成ができなかったときに、ブレークダウンしてどの個人目標がボトルネックだったか、という分析も行なえる。ブレークダウンが大事だということは、これまで何度も話をしたよね。」

「はい。SMARTゴールですか、いい響きですね。うちのホテルでも実践してみます。」
 
近藤がその話を引き取る。
 
「じゃあ、花森。新年最初のSMARTゴールだ。これから我々が行くべき飲み屋を至急探してきてくれ。その店に僕が満足すれば、財務部の予算で払ってやる。タイムリミットはあと10分。どうだ、SMARTだろう?」
 
花森は近藤にこの話を聞かせたことを後悔した。そして、駅の方に向かって走り出した。

 

(次号につづく)



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