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第十九回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第19回 不動産屋の悪知恵(1)

【週刊ホテルレストラン2021年03月26日号】
2021年04月28日(水)
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(前回までのあらすじ)
買収の危機にあった「ホテルメガロポリス東京」だが、花森たちの努力もあってその難はあっけなく過ぎ去ったように見えた。そこに、辻田からの気になる一通のメールが届き、年始早々に会いたいという。今回のテーマは、ホテルオーナーと運営会社の賃貸借契約についてだ。

 
---
 
ホテルメガロポリス経営企画室にとって苦難の道となるであろう年はあっけなく明けた。昨年12月中旬、セントポール・キャピタル・マネジメント(以下「SPCM」)は、守秘義務契約を締結し主要な精査情報を入手したところ、わずか1週間で買収を断念し、交渉終了の通知を行なってきたのだ。理由はよくわからないが、やはり賃貸借契約の残存期間が短過ぎることが理由だったようだ。契約の残存期間が短いことは豊島社長がSPCMに伝えていたはずなのに、どうしてなんだろう。花森はずっと気になっていた。そこに、新年早々辻田から1通の「年賀状」メールが届いた。

 
*****
 
花森様 
明けましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。御社の経営状況を把握しながらホテル経営のフレームワーク導入支援を行なう仕事は小職にとっても大変によい勉強になりました。本年も引き続きよろしくお願い申し上げます。
さて、SPCMの件、先方からの価格提示に至らずに残念でした。先方が精査を開始してすぐ買収を断念したことに疑問を抱き、改めて帝国生命との賃貸借契約を年末に拝読致しました(これまで精読しておらず、申し訳ありません)。少し気になることがあるので、新年早々で恐縮ですが、1月4日午後にお時間を頂けませんか? ホテルにお伺いします。来週末が指導している大学院生の卒業論文提出期限のためしばらくは卒論指導が佳境に入り、5日以降は時間が取れそうもありません。当方の都合で誠に恐縮ですが、4日の件、ご連絡お待ち申し上げます。
 
立身大学経営学部 辻田健太郎
 
*****

 
ということで、1月4日午後3時、花森は地下1階財務部会議室で辻田の到着を待っている。ホテルは前日までお正月パッケージの連泊客でにぎわっていたが、この日は静けさを取り戻しつつあった。花森にとって経営企画室唯一の同僚である森本は昨日まで出勤でオールデイダイニング「ウエストゲート」のヘルプに入っていたが、今日から少し遅い年始の休みをとり、実家のある金沢に帰省中だ。辻田とのミーティングに欠席することを非常に残念がっていたが、部下にできるだけスケジュール通りの休暇を取らせるのも上司の仕事である。かく言う花森自身は年末年始の休暇を取り損ねたが、ホテルが存亡の危機に置かれている今、長い休みをとるわけにはいかない。丹波の実家には春になったら帰省すると伝えてある。春までには、いずれにせよこのホテルの命運が決まっているはずだ。
 
「やあ、新年おめでとー。」
 
財務部長の近藤が出勤してきた。辻田が近藤の同席を求めてきたためだ。賃貸借契約終了に関わる話題になることと、SPCMの動きにも絡む話になるので、今回の買収話は近藤にも伝えておくように辻田に言われていた。豊島社長の顔が頭に浮かんだが、買収の一件は既に交渉が打ち切られていることもあり、花森は独断で近藤に話をすることにした。電話で恐る恐る切り出した話題だったが、近藤は事情を知っていた。どういうルートで聞いたのか、あるいはSPCM宛提出情報のとりまとめのやり取りを通じて気づいたのかはわからなかったが、近藤曰く「僕をなめるんじゃない」とのことだった。幸いにも、「ミズナミ銀行には報告をしないでおく。どうせ立ち消えた話だし」、と言ってくれた。近藤は例年1月4日は朝から「仕事始め」の取引銀行への挨拶回りをしていてホテルには戻ってこない習わしだった。特に古巣・ミズナミ銀行では複数の部署を渡り歩き、「情報収集」をしているらしいが、どんな情報をなんのために収集しているのかは、花森は知らない。もしかすると、ホテル売買情報なんかもミズナミ銀行ルートで収集しているのかもしれなかった。
 
「近藤さん、明けましておめでとうございます。昨年は本当にいろいろお世話になりました。でも、今年ももっとお世話になると思いますので、邪険にしないでくださいね。それと、今日はわざわざ帰社していただいてありがとうございます。」

「ああ。辻田大明神のお願いとあらば、いつでも馳せ参じるよ。それにしてもあの先生、話題の引き出しがいっぱいあるよな。僕のところは会計と財務、それに保険関連だけだけど、客室やレストランのオペレーション、改装計画にマーケティングまで口出ししてるんだって?」

「そうですね。口出しっていうと語弊がありますが、少なくとも今まで我々が行なってきた経営手法とは違うものの見方をお持ちです。辻田先生はそれをフレームワークと呼んでいます。まあ、我々の経営手法が古過ぎただけかも知れませんが。」

「ああ。僕もこの会社に来た時に何度となく『業界ではこうするのが一般的です。』って説明を受けてきたけど、その辺も正しいのかどうか、怪しいもんだな。先生に進言されたユニフォームシステム導入は組織改編と人事システム変更を同時に行なうから大変だけど、なんとか4月の新年度スタートまでには間に合わせたいと思っている。」
 
近藤と花森が雑談をしていると、辻田がフロントにやってきたとの内線連絡が入った。花森は一階ロビーのフロントデスク前まで辻田を迎えにいく。
 
「やあ、あけましておめでとう。新年早々、時間をとってしまってすまないね。」

「とんでもございません。こちらこそ、おめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。先生の方からご連絡をいただくとは、よほど何かあるんですね?」

「うん、ちょっとね。」
 
話が複雑なのか、辻田の口は重い。花森は空気を察してあまり話さず、辻田を財務部会議室に案内した。経営企画室兼財務部の田辺ひまりがオフィスコーヒーを配り、「今日は新年のお祝いですので」と言って池袋三原堂の名物「池ぶくろう最中」も置いていった。池袋に住んだ作家・江戸川乱歩が愛したという和菓子の名店だ。3人は包み紙を開けながら話を始める。
 
「さて、本日近藤さんにもご同席をいただいたのは、帝国生命との賃貸借契約に関する書類がこの前メールしていただいたもので全てかどうかという再確認をしたかったからです。付属の契約書や後日の変更契約は、既に私がいただいているものの他にはないという理解でよいでしょうか?」

「そんな風に言われると自信ないなあ。もう一度調べてみるよ。でも確か、不動産売買契約書と賃貸借契約書そのものの他は、過去何度かに亘って締結してきた賃料減額に関する覚書だけだったはずだ。覚書はメールしてあるよね?」

「はい。では、近藤さんはその他の関連契約がないかを確認しながら私の話を聞いてください。先月SPCMがあっという間に契約交渉を打ち切ってきたので、私は彼らが帝国生命との賃貸借契約が普通借家法に基づくものだという期待を持っていたのではないかと考えました。」

「普通借家法?いや、うちの契約は定期賃貸借契約となっている。」
 
近藤が契約書コピーの表紙にある契約名称を確認する。
 
「確か、定期借家法に基づく契約は契約期間更新という概念はなく、期間満了時には一旦契約が終了し、再度契約を巻き直すことになっている。」

「近藤さん、その通りです。正確には定期借家法という法律はないのですが、2000年に改正された借地借家法38条の『定期借家』条項のことを指します。この条項の適用がない場合は普通借家といい、契約期間更新の概念があり、賃貸人が契約更新を拒否する場合には『正当の事由』が必要になります。」

「なるほど。SPCMはうちの契約が普通借家と読み、帝国生命側が契約更新を拒否することができないことを期待していたというわけか。」

「はい。定期借家法は2000年に登場したものの、ホテル業界ではしばらくの間あまり普及しませんでしたから、その推察は妥当なものかと思います。」
 
辻田と近藤でどんどん話が進むため、花森は待ったをかける。
 
「すみません、ちょっと確認させてください。普通借家でも『正当の事由』があれば賃貸人は更新を拒否できるとおっしゃいましたね。『正当の事由』って何なんですか?」

「花森君、いい質問だ。正当事由とは何か、はデジタルにすぱっと判断できるものではないんだが、すごく単純に言うと『賃貸人が自分で使う必要性がでてきた』とか『建物の老朽化が進み賃貸人が建て直す必要性が出てきた』みたいな理由がない限り、賃借人に更新意思がある場合は賃貸人は契約更新を拒否できない、ってことだ。」

「なるほど、うちのホテルの建物は築38年ですが、きちんとメンテナンスしてますからまだまだ使えますし、生命保険会社が自社オフィスとして使いたいといっても客室が800もある建物ではオフィスとして使うことも難しい、だから更新拒否事由が見当たらない、ということですね。」

「うん。もし帝国生命が自社でホテルを直接経営したいと言い出した場合に正当事由に該当するかどうかは判断が難しいところだが、幸いなことに日本では保険会社がホテルのような事業を直接経営することは業法で禁じられている。ということで、普通借家契約だったら、契約更新の可能性が極めて高いと判断され、ホテルメガロポリスの株式価値を大いに評価することができたかも知れない、というわけだ。もちろん、その場合、来期以降の賃料支払後利益がプラスに転じるという確信がなければならない。でも、花森君と近藤さんで作っている来期の損益予測は約80百万円のプラスの当期利益を見込んでいるそうじゃないか。契約更新の確度さえ高まれば、株式価値は大いにプラス評価できる。」

「はい。おかげ様で。ここのところ赤字続きで資本勘定に繰越損失があり、これを利益と相殺することでしばらくは法人税を払わなくていいのも不幸中の幸いです。来期予算は今週中に一度財津さんに素案をお見せしてご説明する予定です。ですが、うちの契約は定期賃貸借契約。賃貸人である帝国生命が合意しなければ、契約更新、いや再契約が望めないという、厳しい状況に変わりはないですね。」
 
花森はため息交じりにいい、目の前のコーヒーをすする。三原堂の最中はもう食べ終わっており、コーヒーカップの脇には包み紙が転がっている。
 
「そうだね。ところで、SPCMの狙いについて、もう少し説明させてくれないか? 花森君たちにとってはもう終わった話なのかも知れないが、賃貸借契約の再契約ができた暁にまた買収提案が復活するかもしれない。そのとき、提案を受けるも受けないも豊島社長の判断。だけど、お二人にはSPCMの投資意欲の背景を知っておいていただいた方がいいと思う。」

「SPCMの投資意欲の背景?このホテルが将来に亘って収益を生むから、じゃないんですか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。実は、SPCMの要(ルビ:かなめ)代表のことを調べてみた。父親は池袋で小さな出版社をやっていて、豊島社長とはその縁で今回の協議をするに至った、ということは聞いているね。で、要自身だが、現在40才。大学卒業後は不動産業界最大手の菱光ビルに勤めていた。新入社員の頃から優秀で社費でアメリカに留学をさせてもらい、菱光ビルUSAでも働いていた。4、5年前に独立して投資ファンドを作ったが、ファンドレイジング、いわゆる投資家集めに際しては米国時代に培った人脈が活きているらしい。ところで、菱光ビル時代の要の面倒をよく見ていた人物が僕の不動産会社時代からの知人で大関っていうんだ。数年前に彼に会ったとき、昔の部下が独立してファンドを作ったと言っていたのを思い出てね。そして、年末、偶然にも彼の名前をインターネット上で見つけた。大関はいまこんなことをしている。」
 
辻田が持参してきたインターネットの記事のコピーには「池袋駅西口南地区市街地再開発協議会発足」という見出しと協議会幹部の名前が列挙されていた。そして、事業協力者として菱光ビルが決定したという内容とともに、菱光ビルを代表して再開発事業推進部長の大関が笑顔で協議会理事長と握手をしている写真が掲載されていた。
 
「へえ。駅前の再開発、前に進むんですね。西口の活性化にとっていいことじゃないですか。」
 
花森はのん気に声を上げる。
 
「そうだ。菱光ビルとしては、できればこのホテルも再開発計画に取り込みたいに違いない。再開発は規模がでかいほど付加価値が高まる。」

「えっ! でもビルのオーナーはうちじゃない、帝国生命です。それに建物も建て直すほどの古さじゃない。」

「その通り。生命保険会社としては安定した賃料収入をあきらめて長期間の再開発計画に加わるのは簡単な判断じゃない。それになにより、君のホテルが賃借人でいる限り、再開発計画に加わることはできない。一般的には賃借人を退去させるには、巨額の立退料が発生する。」

「そうか。賃借人であるうちのホテルを買収することで、この建物が再開発計画に加われる可能性が出てくる、と。もし、帝国生命と菱光ビルが裏で交渉していたら…。」

「その場合、大変まずいことになる。SPCM・菱光ビル連合軍はこのホテルの契約があと1年ちょっとで終了することを知っているから、帝国生命に対してとにかく再契約をしないように圧力をかけ、帝国生命を再開発計画に取り込むよう働きかけるだろう。再開発計画がまとまるまでの間は、菱光ビルの子会社のホテル運営会社にこのホテルを運営させておけばいい。」
 
話の思わぬ展開に、近藤と花森は顔を見合わせる。
 
「それと、再開発協議会だが、この人もメンバーだ。」
 
辻田が指した指先の記事には「副理事長:野座間産業株式会社 代表取締役社長 野座間ゆり子」とあった。ホテルメガロポリスの親会社である豊島(とよしま)興産と野座間産業は「東の豊島、西の野座間」と言われるほど、池袋駅をはさんだ両側で不動産開発競争を繰り広げていた。「東の豊島興産」にとってこのホテルメガロポリスは西口進出のための橋頭保だったのだが、20年前のバブル景気崩壊の際には東口の資産を守るために泣く泣くこのホテルを売却した経緯がある。ただ、単に売却して西口を撤退するのは忍びなく、セール・アンド・リースバックの形をとって賃借人としてホテル経営を続けることにしたのだ。それが今のホテルメガロポリスの姿である。
 
「豊島社長からしたら、このホテルが閉館することで結果的に池袋の女帝・野座間ゆり子に塩を送ることになるのは許せないんじゃないでしょうか?」
 
辻田はおせっかいながら、豊島社長の心持ちを代弁し、近藤の様子を伺う。
 
「それはそうだが…。だけど、もし帝国生命と菱光ビルが結託したら、うちは手の打ちようがない。賃貸借契約の再契約をするかどうかは、帝国生命の裁量に任されているということだよね、先生? うちが例えどんなにいい収支計画を提示し、賃料増額に応じても、今回の契約期間満了は帝国生命が再開発計画参加に傾くきっかけになると…。」
 
近藤は絶望的な面持ちで辻田の顔を見る。
 
「近藤さん、そこで私の冒頭の質問です。帝国生命との契約、私が見たもの以外に他にはありませんか?」

「ああ、そうだったね。僕はそのためにホテルに来たんだ。今、売買・賃貸借契約締結時と物件引渡時の書類リストを確認したが、残念ながら、他に契約書類はない。期待に沿えず、申し訳ない…。」

「いえ、残念ではありません。逆です。」

「は?」

「この契約は、定期借家権の要件を満たしていません。」
 

(次号につづく)


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花巻温泉(株) 代表取締役社長 安藤 昭氏

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