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第十六回 連載 もてなしだけではもう食えない 立教大学 ビジネスデザイン研究科 特任教授 沢柳 知彦

連載 もてなしだけではもう食えない 第16回 リスクを知らないリスク(2)

【週刊ホテルレストラン2021年03月05日号】
2021年03月08日(月)
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(前回までのあらすじ)
東京・池袋西口にそびえる独立系ホテル「ホテルメガロポリス東京」の経営改善のために経営企画室長に任命された花森心平は、コンサルタントとして迎えた立身大学の准教授 辻田健太郎のアドバイスを受けながら経営改善に取り組んでいる。今回のテーマはリスクマネジメントだ。
 

---
 
経営企画室につくと、隣の一角では財務部長の近藤が自分の席でPCと向き合っていた。
 
「あれ、近藤さん、ご苦労様です。休日出勤ですか。」

「おや、お互い様。辻田先生からの宿題でユニフォームシステムをうちのホテルに導入するには、ホテルで一括して仕入れた食材を各レストランごとに食材庫から個別に仕入れたことにする必要がある。そのための伝票のコーディングをどうするか、考え中だ。しかも君たち、『ファイン・ワイン』を分割して時間帯も分けて違う用途に使おうとしているらしいじゃない? どんだけ話を複雑にすれば気が済むんだ。どういう単位でレストランアウトレットとして認識すべきか、頭を悩ませているよ。ただね、平日は日々の業務に追われてそれどころじゃない。土日は急に決裁を求めてくるうるさい電話があまりないから、こういう考え事には好都合なんだ。」

「その静かな職場環境を乱してしまって申し訳ないのですが、近藤さん。週明けでよいので、うちのホテルの保険ポリシーをまとめておいていただけますか? 今日、豊島社長に呼ばれて説明を受けたのですが、建物所有者の帝国生命がうちのリスクマネジメント状況を報告するよう申し入れてきていて、社長はその要請を受け入れるそうです。詳細な報告内容はこれからわかりますが、少なくともどんな保険に加入しているかは報告が求められます。」

「花森、また面倒な宿題を持ってきたな。うちのホテルは6月に開業したから、保険のサイクルが6月から5月になっている。前回保険契約を更改したときに保険代理店が作ってくれた店舗総合保険のサマリーがあるから、それを準備しておくよ。」

「近藤さん、私からもひとつお願いがあるのですが。」

「辻田先生まで!なんだよ、よってたかって。」

「すみません。このホテルは開発当初は所有直営物件として建築され、20年前に帝国生命との間でセール・アンド・リースバック取引を行ないました。すなわち、御社は土地建物を帝国生命に売却し、同時に建物を借り上げてホテル経営を継続してきています。そのときの土地建物売買契約書にも目を通しておきたいのですが、pdfファイルをご準備いただけませんか? 御社が不動産の売主としてどんな表明保証をしているのか、確認しておく必要があります。また、その際、重要事項説明書を作成しているはずなので、そのコピーも拝見させてください。」

「了解。月曜日に田辺に言って準備させる。そもそも不動産周りの契約は財務部長の管轄事項なんだが、当時の財務部長はもう引退してしまっている。昔の経緯を知っている人間で現役なのは豊島社長だけなんだが、彼は細かいところ、よくわかっていないしね。僕も売買契約書に目を通しておくようにするよ。」

「辻田先生、不動産の売買契約書ってどんなものか何となくわかりますが、重要事項説明書って何ですか?」

「宅地建物取引業法に基づいて仲介業者が作成するレポートだ。中身は、土地建物に関する遵法性や第三者との権利関係、例えば当方の建物が隣地に越境して建っていないか、とか、そもそも土地の境界線を隣地所有者と確認しあっているか、といった内容が記載してある。遵法性の部分はさっき紹介したエンジニアリングレポートと重複する部分があるけど、重要事項説明書、略して重説は、第三者との権利関係を詳しく書いているのに対し、エンジニアリングレポート、通称ERは建物や設備のメンテナンス状況にも触れている。2つとも売買やファイナンスに欠かせない資料だ。」

「わかりました。なんだか、今日は不動産屋になった気分です。」

「いい表現だ。そして、その考え方はとても大切だ。いつもと違う視点を持って、普段意識していないリスクを知る、ということだね。できあがっているホテルの中で働いていると、その建物は誰かが昔、自分たちのために建ててくれたと思ってしまい、その権利関係や遵法性にまで考えが回ることが少ない。でも、ホテルスタッフの誰かはその不動産屋的な目線でホテルをモニタリングしておく必要がある。花森君に与えられた役割のうちのひとつはそれだと思うよ。」

「そうなんですね。また勉強しなければならない分野が増えました。学生時代に勉強しなかった分、今、すごく勉強しています・・・。あ、豊島社長からメールが転送されてきました。『リスク管理報告書』のアウトラインが書いてありますから先生にも転送しておきますね。中身が『ハザードコントロール』『ペリルコントロール』『ロスコントロール』っていう仕訳で書くことになっているみたいなんですが、聞いたことない単語が並んでいます。休日出勤中であることは重々承知していますし、あまり長くお引き止めをするつもりはないのですが、せめてこの3つの単語の意味だけでも、ご教示いただけませんか?」

「うーん、そうだな。保険会社らしいアプローチだ。では、『ウエストゲート』でランチを奢ってもらうことでいいかな?」

「もちろん、喜んで。あとで研究室で飲めるよう、テイクアウトのコーヒーもお付けします。」

「素晴らしい。さっきの神宮外苑のコーヒーはひどかったからね。では、さっそく。まず、『ハザード』『ペリル』『ロス』の意味から解説しよう。ハザードは危険を生じさせるもの、という意味だ。最近、ハザードマップという言葉は浸透してきているよね。土砂崩れを起こす可能性がある斜面周辺や水害を被る可能性がある低地などを地図に示したものだ。崖や川がハザード、ということになる。ホテル経営に当てはめてみると、一番わかりやすいのが、食中毒を防ぐために厨房で手洗いを励行しているね。ノロウイルスやボツリヌス菌がハザード、それが災害をもたらさない様に手洗いをすることがハザードコントロール、だ。ホテル経営にはいろいろなリスクがあるが、少なくとも存在がわかっているハザードに起因する事故が顕在化しないように努力することが一番大切だ。だから、建物オーナーの帝国生命としては、このホテルでハザードコントロールが適切に行われているかどうかを確認したいんだと思う。あとはどんな例があるかな。そうだ、従業員の誰かがホテルのお金を使い込まない様にするにはどうしている?」

「えっと、まず職位によって決裁権限が決まっているので、えらくならないと高額な費用支出の決裁ができません。あと、更に高額になると財務部長の承認も必要です。」
 
隣でPCとにらめっこしていた近藤が絡んでくる。
 
「そうだよ。高額な使い込みをする際はまず僕を買収する必要がある。」

「近藤さんが買収に応じるかどうかは置いておいて、少なくとも2名以上が決裁に関与しなければ高額な支払決裁ができない、ってことですね。これがハザードコントロール。あ、あと、最近社内であった個人情報保護法の研修なんかもこれですね。」

「そういうことだ。次に、『ペリル』。あまりなじみのない言葉だが、単に事故、事件って意味だ。ハザードコントロールをしていてもすべての事故が未然に防げるわけではない。でも起きてしまった事故からの被害・損害を最小限に食い止める努力は必要だ。それがペリルコントロールと呼ばれる。例えば、火災訓練がそれだ。初期消火活動で物理的被害を最小限に留めたり、顧客の避難誘導で人命を守ったり。スプリンクラーの定期作動点検なんかもペリルコントロールだ。人事面では、パワハラ・セクハラ相談窓口があるよね? あれも被害が大きくなる前に問題を処理しようとするのが目的だ。」

「なるほど、だんだんわかってきました。うちの運営マニュアルのなかでリスクコントロールに関係ありそうなところを取り出し、ハザードコントロールとペリルコントロールに仕訳して報告すればよさそうですね。」

「そうだね。ただ、3番目の『ロス』コントロールはちょっと違う。ロスとは事故発生の結果、発生してしまった経済的損失のことだ。これをコントロールするのはスタッフの努力では不可能だ。そこで、保険に加入することになる。ロスコントロールは、イコール保険購入と考えていい。ただ、どんな保険にいくらくらいの補償額で加入すべきかを考えるのは実は結構難しい。様々なリスクをカバーし高額な補償を求めれば求めるほど、保険料が高額になる。」

「あ、その話、よくわかります。僕はマイカーを持っているのですが、毎年保険更改のタイミングになると保険会社から、今年は対人補償額を無制限にしませんかとか、水害特約つけますかとか、車両保険金額は見直さなくていいですか、とかいろいろ聞かれます。」

「うん、とても良い例だ。ホテルの保険も基本的に同じだ。保険は大きく分けて2種類ある。第三者賠償保険と損害保険だ。前者はお客様の所持品が盗難にあったり、ホテルで怪我をされたときなんかに適用となる。ホテルからみてお客様は第三者、第三者に発生した損害をホテルが賠償するときに保険金が下りる、これが第三者賠償保険だ。自動車保険の内訳もほとんどがこのカテゴリーだ。一方、自動車が自損事故のときにその車を修理したり買い替えたりする費用を捻出する保険が車両保険だね。これはホテルでいうと損害保険にあたる。自分の財産が事故で経済的損失を被ったとき、自分の財産の資産価値を回復させるときに使われる。ホテルの場合、例えば火災で一部が損壊したときにそれを修繕する費用を捻出するのが損害保険の保険金、というわけだ。」

「そうか。保険に入っていない場合は自己資金で修繕することになりますが、うちみたいなホテルは自己資金も少ないし、銀行がお金も貸してくれない、と。」
 
花森の『銀行がお金を貸してくれない』という発言に、隣でPCに向かって働いている近藤が反応する。
 
「あのさぁ。財務部の隣で財務部の仕事をけなすような会話、しないでくれる? 花森が言っていることは正しいけど。だから、ちゃんと保険には入っているよ。」

「あ、失礼しました。でも、保険の役割、よくわかりました。これから関東地方にも大地震が来ると言われていますし、どんなにホテルスタッフが火事発生に気を付けていても地震で火災が起きてしまうかもしれませんしね!」
 
花森は我ながらいい台詞を吐いたつもりだったが、辻田が申し訳なさそうに反論する。
 
「花森君、その件なんだが、実は地震に起因する火災による損害の場合、普通の火災保険では保険金は支払われない。」

「えっ、そうなんですか? 火災保険なのに火災で保険金がおりない?」

「そう。地震のリスクは別に地震保険という保険商品を買わないとカバーされない。火災という事象そのものに保険がかかっているわけではなく、失火とか放火とか延焼とか、何が原因の火災なのかによって保険が適用されるかどうかが、決まっている。さっき、自動車の車両保険で水害特約をつける、つけない、の話をしていたね。あれも同じだ。自動車が破損する理由はいくつかあるが、水没するとエンジン・電気系統がだめになり全損となる可能性が高く、一般的なリスクとは別にリスクプレミアムを支払わないと水害リスクは担保されない、というわけだ。同様に、東京における大地震のリスクはある程度大きいうえに、一度大地震が起きると東京のビルが一斉に被災し、とんでもない金額の保険金が支払われることになる。だから、保険会社は地震保険を一般的な火災保険とは別にしているんだ。」

「なるほど。じゃあ、地震保険にも加入しないといけないですね。」

「うーん。ところが世の中、そんな簡単じゃない。実は日本における地震リスクはそれなり大きいため、オフィスビルやホテルのような商業ビルの地震保険を引き受けられる保険会社が見つからないという問題がある。個人の住宅については政府が補助金を出すことで地震保険が買えるようになってはいるけど、商業ビルの場合だとそうはいかない。どうしても、ということになると、建物を再築する費用の半分くらいまでしか保険金がおりないとか、免責金額と言って、例えば建物経済価値の2割まではそもそも保険金がおりないとか、いろいろな制約がつき、しかも保険料が高い。一言でいうと経済合理性がある地震保険を購入することが難しい。」

「え、それじゃあ、極端なことをいうと、大地震が来たらうちの会社は破綻する、ってことですか?」

「そうなるかも知れない。だから、日本では、地震リスクについてはロスコントロールではなく、ペリルコントロールを行なっている。何だかわかるかい?」

「えっと、ペリルコントロールとは事故が起きても実損が少なくなるようなリスクコントロールでしたよね。地震が起きても被害が少なくなる方法って・・・。例えば、家具転倒防止器具の使用ですか?」

「うん。考え方は正しい。でも、もっと本質的に大事なことは、大地震でも倒壊しない建物を建築しておくことだ。そう、日本では耐震基準に合致した構造の建物を建てることで地震に起因する経済的リスクが小さくなるようにコントロールしているというわけだ。実は日本の建築費が諸外国に比べて高い理由の一つは、耐震性能が高い建物を建築することが義務付けられているからと言われている。」

「へえ。そういえば何年か前に古い建物の耐震性能診断を一斉にやってましたが、あれで耐震性能が劣ると判断された建物はどうなったんですか?」

「どうもなってない。診断にかかる費用には政府の補助金が出たが、耐震工事に対しての政府の補助金制度はなく、地方自治体によっては何らかの補助金がある、という程度だ。なにしろ、耐震補強工事にはお金がかかるうえ、ブレースと呼ばれる鋼の補強材が窓枠を横切るように外壁側から据え付ける工法をとることが多い。必要な工事資金を如何に手当てするかという問題もあるが、ホテルという用途では見場や眺望の観点で補強工事に踏み切れないところも少なくない。」

「念のため、ですが、うちのホテルは大丈夫なんですよね? その、耐震性は。近藤さん?」
 
辻田に訊いても答えが期待できないため、花森は横で会話を聞いているであろう近藤に話を振る。
 
「うちは新耐震基準導入後に建てられた建物だから大丈夫だ。それに、うちは建物のオーナーじゃない。これは建物オーナーである帝国生命の問題だ。」

「そうか、うちはテナントですものね。とするとさっき近藤さんがおっしゃった『店舗総合保険』っていうのはテナントの立場で第三者賠償保険と損害保険を組み合わせたパッケージ商品ということですね?」

「そう。ホテル経営はリスクの塊みたいなもんだからね。あってはならないことだけど、店舗総合保険では食中毒発生時に利用客に支払う賠償金や見舞金までカバーされているんだ。」
 
ここで辻田が話を引き取る。
 
「食中毒で思い出したけど、ホテルで食中毒が起きたり食品材料偽装問題が起きたりすると、ホテル経営幹部が謝罪会見を開いたり、謝罪文をホームページに掲載したりするよね。クライシスマネジメント(危機管理)という分野だけど、今日の議論ではペリルコントロールに属する。起きてしまった事故と被害にあわれた客に対して謝罪し、その反省を踏まえてどう再発防止に取り組むか、をわかりやすく説明することで、ホテルの名声ができるだけ傷つかないようにすることが主眼だ。」

「クライシスマネジメントはマーケティング部の広報担当の守備範囲ですね。あとで阿部さんにもヒアリングしておきます。」

「うん。これを機に、今後はホテル組織の横断的なリスクマネジメント評価シートを作り、折を見てその内容の見直しをすることも経営企画室の業務に加えるといい。他の部署は日々の業務をこなすので手いっぱいだろう。君の部署が中長期的な視点や不動産的な視線を持ち続けることが大切だ。」
 
そういうと、辻田はやおら立ち上がった。
 
「さて、人は腹が減ると怒りやすくなり、脳内血糖値低下によって作業効率も落ちる。ハザードコントロールの観点では、そろそろランチを取った方が良いように思う。花森君?」
「承知しました!近藤さんはどうされます? 社食にします? それともウェストゲートにご一緒されます?」

「そうだな。部門会計導入のためにウエストゲートの食材費をどうやって仕訳するのがよいか、その食材を味わいながら現場で考えるとするか!」
 
休日出勤の3人は地下一階のバックオフィスを抜け出し、ウエストゲートに向かった。地上の館内には秋の日差しがやわらかに差し込んでいた。
 

(次号につづく)


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