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連載 12 レジャー産業研究会グループ8  ∞“Boys be ambitious”∞ ~少年よ、尽きることなく限ることなく大志を抱け~ 

連載 12   ㈱ニュー・オータニ 熊木 義男氏 ホテルやサービス、レジャー業界を志願したきっかけを見失わないようにすること

【週刊ホテルレストラン2018年07月06日号】
2018年07月06日(金)
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400 年以上前から記録が残されているホテルニューオータニの日本庭園。第二次大戦後、伏見宮家が手放すにあたり“ 由緒ある土地を外国に売り渡すのは惜しい” と、買い取り自邸としたのが、創業者である大谷米太郎氏だった。1964 年に東京オリンピック開催にあたり、政府の依頼に応じて「ホテルニューオータニ」を建設した。ガーデンタワーやガーデンコートの建設など、時代を生きるホテルとして国内外から多くの人々が訪れている。今回はホテル専門学校を卒業以来、昭和60 年から勤めている熊木義男氏に今日までの経緯やホテルの魅力をお聞きした。

㈱ニュー・オータニ
ファシリティマネージメント部
部長
熊木 義男氏
〈プロフィール〉1964 年(昭和39 年)12 月生まれ(ホテルニューオータニ開業年と同年)。85(昭和60)年3 月東京観光専門学校ホテル科卒業後、同年4 月㈱ニュー・オータニ入社。2004(平成16)年エヌアールイーハピネス㈱出向、ホテル関係の環境事業推進に携わる。06(平成18)年ファシリティマネージメント課長、12(平成24)年ファシリティマネージメント部長に就任、現在に至る。

 
▶東京オリンピックを機に開業され50 年を越える歳月を経ても、今もなお日本を代表するホテルとして活気にあふれています。ひと足先行して営業しているガーデンプールは予想を超える人が集まり、ニュースでも取り上げられました。専門学校卒業後からホテルニューオータニに勤められ、今はホテルの心臓部であるファシリティマネージメント部の部長として活躍されています。始めにホテル業を志望された動機をお聞かせください。
 
 高校1 年生のとき、右も左も分からないまま友人と二人で初めての冒険旅行に海外旅行を選びハワイへ出掛けたことがきっかけです。滞在中のホテルで当時はまったく英会話もできませんでしたので、自分たちが行きたいところへ行くための行き方や、買い物などどうしていいのか分からないことなどを、身振り手振りと片言の単語を並べて聞きました。滞在したホテルの皆さんがとても親切で1 週間の滞在期間にあるスタッフが休暇の日に行きたいところへ連れて行ってくれたり、いろいろハワイの文化などとても親切にフレンドリーに片言の日本語を交えながら話しかけてきてくれました。そのときに“たくさんの人に助けていただいた”ことに感激し、今度は逆に自分自身が日本で世界中の人々の手助けになれる仕事に就きたいと思い、国際的な交流の場として多くの人がさまざまな目的で集い、行き交うホテルで働いてみたいという思いに駆られ志望しました。

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