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第5 回 Part1 中村勝宏プレゼンツ ~美味探求~

第5 回 Part1 ホテルメトロポリタンエドモント  統括名誉総料理長 中村勝宏氏× L’évo(レヴォ)  オーナーシェフ 谷口英司氏

【週刊ホテルレストラン2018年02月09日号】
2018年02月09日(金)
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ホテルメトロポリタンエドモント 統括名誉総料理長 中村勝宏氏
ホテルメトロポリタンエドモント 統括名誉総料理長 中村勝宏氏
L’évo(レヴォ) オーナーシェフ 谷口英司氏
L’évo(レヴォ) オーナーシェフ 谷口英司氏

はじめに
以前、このホテルレストランの誌面で十六名の食のエキスパートの方々と対談させて頂いた。このことはかけがえのない財産となっている。そして改めて食の深さを知ることとなった。今日、世界的にさまざまな問題が生じ混沌として厳しい時代となった。しかし私どもはいかなるときも食と向かい合ってゆかなければいけません。この度の対談の再開にあたり、新しい視野の元、敬愛する皆さまと互いの胸に響きあえる対談を心してまいりたい所存です。
 

中村勝宏
Katsuhiro Nakamura

1944 年鹿児島県生まれ。高校卒業後、料理界に入る。70 年渡欧。チューリッヒの「ホテルアスコット」を皮切りに、以後14 年間にわたりフランス各地の名だたるレストランでプロの料理人として活躍する。79 年パリのレストラン「ル・ブールドネ」時代に、日本人としてはじめてミシュランの1 つ星を獲得。84 年に帰国。ホテルエドモント(現ホテルメトロポリタン エドモント)の開業とともにレストラン統括料理長となる。2003 年フランス共和国より農事功労章シュヴァリエ叙勲。08 年の北海道洞爺湖サミットでは、総料理長としてすべての料理を指揮統括する。10 年フランス共和国の農事功労章オフィシエ叙勲。13 年日本ホテル㈱取締役統括名誉総料理長に就任。15 年クルーズトレイン「TRAINSUITE(トランスイート)四季島」の料理監修。16 年フランス共和国農事功労章の最高位「コマンドゥール」を受章。
 

谷口英司
Eiji Taniguchi

1976 年、大阪府生まれ。料理人一家に生まれ、幼い頃から料理人を目指す。高校卒業後に就職したホテルでフレンチと出会い、さまざまな日本国内のレストランで腕を磨く。その後、フランスの三ツ星レストラン『ベルナール・ロワゾー・オガニザッション』でも修行。34 歳で富山へ。富山の魅力を世界に発信すべく38 歳で「レヴォ」をオープン。

料理人としての原点
両親の背中を見て料理人を志す

 
中村 今日は遠いところから来ていただいてありがとうございます。日本でもいよいよ地方の時代が本格的になってきました。前々から谷口さんには話を伺いたいと思っていました。今日ようやく実現できてうれしいです。以前谷口さんのところを訪れてから1 年半近くたちますけど、その前から個人的にもすごく興味があり、一度行ってみなくてはと思っていました。そしてあのような素晴らしい晩餐会が実現できてとてもうれしかったです。あのときつくづく思ったことは、失礼な言い方かもしれませんが、「これは本物だ」と確信しました。
 
谷口 僕なりにもとても緊張しましたが、あのような機会をいただきとてもありがたく、うれしく思っています。厨房でも中村さんにおいでいただくということで、スタッフも皆緊張していました。
 
中村 私の料理はまず基本に忠実に、そして自分が経験してきたさまざまなことを踏まえ、いかに現代風にアレンジし、一皿に仕上げられるかというものです。今の時代は技術的にも感覚的にもかなり進歩しております。従って、今の若いシェフたちと私たちとは、特に感性の面で違うように思います。感性というのは自分自身それなりに進化しているはずですけども、やはりどこか違う。今回、谷口さんの料理を実際に食べさせてもらい、正直言ってそのように感じました。これはフランスの若手のトップシェフにも共通することですが、先端を行っている料理でありながら一方で基本をしっかり踏まえています。なので、食べてみて納得するとともにどこか安心感もあります。革新的な料理ばかりを追い求めるがために基本がぶれている人も見かけますが、谷口さんの料理は革新的でありながら基本にぶれないと感じました。そこでいきなり電話で対談をお願いしたわけです。
 
谷口 とても光栄なことで、ありがとうございます。
 
中村 さっそく始めさせていただきますと、谷口さんはもともとどういう経緯で料理人になられたのですか?
 
谷口 もともと親が大阪で和食の料理人をしていて、僕が小学校4 年生のときに父親と母親が一緒にとんかつ屋を始めました。今もあるんですけど、実はとんかつ屋の一人息子です(笑)。
 
中村 良いじゃないですか! 私もとんかつ大好きですし、今でも思いっきり食べたくなるときがあります(笑)。それにとんかつ作りに人生をかけている名人もたくさんおられますからね。
 
谷口 親がお昼も夜も仕事をしているのを見て、たまに野菜の皮むいたり洗い物したり手伝いに行っていました。それでそんなことをしているうちに高校生になり、「料理人になるだろうな」という思いが漠然とありました。
 
中村 両親の後ろ姿を見ているうちに、自然とそういう気持ちが芽生えてきたのでしょう、何かほのぼのとしたものが感じられますね。
 
谷口 そうだと思います。それでたまに友だちを家に呼んで料理を作っていました。料理というほどではありませんが、冷蔵庫の食材を全部出してフライパンで炒めて食べさせるというものでした(笑)。それがすごく楽しかった思い出がありました。それで「旅館に入れば和食ができる」と考え、高校卒業後は専門学校に行かず、兵庫県の宝塚にあった有名な旅館で働くことになりました。いざ入ってみると、和食の板さんが20 人位いる横に、5 人位の洋食部門がありました。
 
中村 最近は旅館でも、お客さまのニーズに応えるために、洋食部門をそろえているところが多いですからね。
 
谷口 そうなんです。それで僕はその洋食に配属されちゃったんですよ(笑)。
 
中村 そう、じゃあ最初は自分の希望通りにはいかなかったわけだ。
 
谷口 はい。同じ歳の料理人が和食の板場で桂剥きとかをしているのがすごくうらやましくて。でも僕はオムライスやカレー用の鶏をさばいたりしていました。そういうことは見たことはなかったので、ごく普通に楽しく受け入れられました。

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